ビジネスマネジメント

商売の原則は本来はシンプルなものである。顧客に対して製品・サービスを提供し、対価を得、その際に提供コストを対価よりも下回らせることで利益が出すというだけのものである。要するにいい製品を安く作れば儲かるのである。そして利益を生むためには、顧客のニーズを見つけそれを満たすための製品・サービスを開発し(研究開発)、それを安く作り(製造)、それを顧客に届ける(営業)必要がある。そして自由競争の環境下においては、企業は他社を上回る形でこれらを達成し、顧客に選ばれることが求められ、そこに難しさがあることに理屈の上ではなる。

ただここで「理屈の上では」と述べたのは、上記の要素に加えてビジネスマネジメントという要素もあるためである。ビジネスマネジメントとは「創って作って売る」ビジネスサイクルを回すために活動を管理することであり、要するに儲かることをやって儲からないことをやらないことである。そして筆者の経験では「創って作って売る」ことよりもむしろビジネスマネジメントに失敗している企業が想像以上に多くあると感じるのである。

売れる見込みのあるものしか仕入れない、儲からない製品・サービスは撤退する、利益を吹き飛ばすような広告宣伝はしない、不必要に高い家賃を支払わない、市場価格で原材料を仕入れる。このように書くと一つ一つは極めて当たり前のことであり、常識的に考えてそんなことはしないように思えるかもしれない。一方で、現実的には驚くほど多くの企業ではそのようなことを行なっている。絶対に儲からない製品を発売したり(そもそもいくら儲かるのか判っていなかったり)、広告宣伝と称して馬鹿げたハコモノにお金を掛けたり、目を疑うような値段で物を仕入れていたり、といったことは大企業であっても想像以上に多くある。またもっと小さい会社であれば、従業員がお金を持ち逃げしたり、横領まがいのことをしたりするようなことが定期的に発生している。事業を創業した人が書いている「私の履歴書」でも大抵、このような話が出てくる印象である。(高田賢三氏の例などは印象的である。その他にもニトリという偉大な会社を興した似鳥氏ですら最初はかなり無茶なことをして失敗をしていた印象である。)このようにビジネスマネジメントに失敗した結果、事業そのものが取り返しのつかない状況に陥った会社も筆者の感覚では多い印象である。特にスモールキャップのPE投資で見るような案件ではかなりそのような会社を見かける。

ではなぜそのような状況が起きるのか、という問いが浮かび上がる。もちろん「経営者が無能だったから」と切って捨てることはできるかもしれないが、それはいささか雑であると考えている。むしろこれだけ発生しているということは、そこには何らかの理由があり、多くの人は同じ状況になったらかなりの確実で陥ってしまう、と考えた方がいいだろう。

筆者はここにはいくつかの理由があると考えている。まず一つ目は複雑性の問題である。一つ一つの判断だけを切り取ると自明であり、馬鹿げた判断はしないはずであるが事業を運営するにあたっては数多くの判断が求められる。そして様々な緊急性・重要性のものが間断なく生じ続けると、一つ一つは簡単であってもそれらを全て判断するには想像以上に負荷が高いことであると考えられる。忙しい経営者が重要で無いものをいくつも条件反射的に判断している中に突然、ボトムラインインパクトの大きい重要な判断が「紛れ込んで」いるとそれを見極めて正しい判断をするのは決して簡単ではないのではないだろうか。このような複雑性により誤った判断が生じていると考えられる。

二つ目はインセンティブ構造の問題である。経営者であれば(本来的には)利益・キャッシュフローを最大化することで企業価値を向上することに責任を負っているために、利益を損なう判断はしないはずである。一方で経営者は全ての執行をこなすことはできないために従業員に一部の(多くの)判断を任せることになるが、大半の従業員は利益貢献が評価指標にはなっていないために、場合によっては薄々利益を損なうような行為を行なっていることに気づいていても、それをわざわざ是正する動機がないことが多い。市場ではもっと安く購入できるにも関わらず、何十年も前から付き合いのあるサプライヤから同じ価格で購入し続ける、といったのはその最たる例である。このようにインセンティブ構造が最適化されていないが故にビジネスマネジメントが出来ていないというパターンはあると考えている。

三つ目は「調子に乗ってしまう」というパターンである。苦しい期間を経て事業が花開き、業績が上向くとやはり経営者としては気分は良い。特に創業者長であればなおさらである。メディアにも取り上げられるし、世間から持て囃される。場合によっては役員報酬も増え、生活にゆとりもでき高級な消費に走る場合もある。これはある種の興奮状態にあり、そのような中ではときには後で振り返ると馬鹿げた判断をすることがある。過剰に仕入れたり、身の丈に合わない箱モノに投資をしたりするといったのがその典型である。しかし事業には波があり調子がいい時もあればそうでない時もある。そして一時の好業績に浮かれて過剰な投資や浪費をしてしまうと、下り坂になったときに一気に会社が危機を迎えてしまう時もある。その結果、会社を二束三文で身売りしなければならなくなった会社も決して少なくはない。このような経営者が浮かれてしまった結果として誤ったビジネスマネジメントをするというのももう一つの類型である。

このように商売の基本は「創って作って売る」ことであり、それにマインドシェアが捉われがちでありそれ自体は間違ってはいないが、同時にビジネスマネジメントの重要性も決して過小評価するべきではないと考えている。一方で日本の多くの企業はこのビジネスマネジメントを一つの専門職として捉えていないことが傾向としては多いように思える。グローバル企業ではMBA卒業生のトラックが存在している企業も多く、これは見方を変えるとビジネスマネジメントを専門職として捉えそれに価値を見出していることになるが、日本ではMBAトラックがあまり一般的でないことも一つの背景にあると個人的には考えている。もちろんMBAが万能であると主張したいわけではないが、グローバル企業と日本の多くの企業ではビジネスマネジメントというものに対する価値の捉え方は異なるように見える。その結果として、ビジネスマネジメントが最適化されていなかったが故の失敗も多いのではないだろうか。そしてだからこそ多くの日本の会社においてはビジネスマネジメントの向上により、大きな業績改善余地があると考えている。(なおこれはやや脇道に逸れるがプライベートエクイティは株主ガバナンスを通じてビジネスマネジメントを最適化することに長けていると筆者は認識している。)

様々な企業と接しているとそのようなことを感じるのである。

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