「コンサルティング営業」

大分昔に、ある大企業が新たに技術コンサルティングサービスを立ち上げるプロジェクトを担当したことがあった。このクライアント企業の本業は比較的大きなCAPEXを要する事業を展開しており、それには技術的な知見が必要とされていた。この分野では当該クライアントはリーディングプレーヤーであったため、その技術的知見をコンサルティングサービスとして提供する新規事業を立ち上げることを検討していた。

そのためこれは見方によっては「コンサルタントがコンサルティングサービスのコンサルティングをする」というある意味で変わった建て付けであったと言える。そしてこのプロジェクトにおいてクライアント企業から「コンサルティングプロジェクトを受注するためにはどのような営業活動をすれば良いのか?」という質問に答える形で、普段、コンサルタントとしてどのような提案活動を行なっているかをワークショップのような形で議論する場を設けた。その中では「営業先」のステークホルダーマップの作成やパイプラインマネジメント、提案資料策定の要諦などを共有したのであったが、これは思いの外、クライアントからは感謝される内容となった。そして筆者自身の気付きとして、コンサルタントとしては当然のようにやってきた提案活動のアプローチは思ったよりも汎用性が高く、またコンサルタントが有している「コンサルティング営業」のノウハウは案外貴重なものであると実感したのである。

一般的な傾向として産業が成熟すると単純なハードでの差別化は難しくなり、よりサービス的な売り方が求められ、結果的にいわゆる「コンサルティング営業」の重要性が高まると考えられる。そしてコンサルタントはまさに日々「コンサルティング営業」を実践しているためにこの分野の専門性は有していると言えるだろう。ではこの「コンサルティング営業」とはどのようなものだろうか。そのためにはまずこの単語に「」をつけていた背景から述べていきたい。この理由はそもそもこの「コンサルティング」と「営業」は本来相容れないものであり、単語として矛盾していると考えられる。「コンサルティング」は名著「プロフェッショナル原論」の考え方に則れば、本来的には商業的なものではなく、あくまでもクライアントインタレストファーストであるはずのものである。そのため原理原則としては「営業」はしてはならず、あくまでも依頼に応える形であるべきである。一方で「営業」とは目的は製品・サービスを顧客に売ることが目的であるために、より商業的な活動である。そのために「コンサルティング」とは本来は相容れない。

このような考え方があることを踏まえて「コンサルティング営業」を強いて定義するならば、「製品・サービスを販売するために、それらを直接的に販売しようとするのではなく、顧客の課題を定義しそれを解決するというコンサルティング的アプローチを用いて、結果的に自社の製品・サービスを販売すること」であると筆者は考えている。ここで重要なのは通常の営業は売上を立てることが目的であるのに対して、「コンサルティング営業」ではあくまでも顧客の課題解決が目的であり、その結果として製品・サービスを売る、という発想であり、目的と手段が逆であることである。

これらはここまではあくまでも概念的な話であり、最終的にはどちらの場合でも製品・サービスを売っていることには変わりない。しかしこの発想は決して言葉遊びではないと筆者は考えている。手段と目的が反対であると、結果的に行動も異なってくると思っている。あくまでも製品・サービスの販売が結果であると考えると「コンサルティング営業」においてはより顧客の課題の定義とその解決策を制約なく幅広に考える必要がある。自社が提供する製品・サービス(=解決策の一つ)からは離れ、より深く課題を考えることが求められる。そのため提案書や顧客との議論において自社の製品やサービスの紹介や価格などの比重は著しく小さくなり、あくまでも課題の定義や包括できな解決方法の議論が中心となるはずである。また自社が提供する製品・サービスが最適でなければそれは率直に伝えた上で、無理に売ろうとするべきではなく、むしろ積極的により優れた他社の製品を提案するべきだろう。一方で客観的に考えてもどう考えても自社の製品・サービスがベストの場合は自信を持ってそれを提案するべきである。

これは言うは易しであり実践は決して簡単ではない。いくら「売上は結果」といっても営業担当者は通常は何らかの売上責任を負っているわけであり、顧客のためになるからといって他社のサービスを自社のサービスよりも優先していたら自分の評価が下がってしまう。そのため真に「コンサルティング営業」を実践しようとするならば、組織全体に相当に考え抜かれた評価システムを策定する必要があり、これは営業担当者の範疇を超えてしまう。そのためほとんどの場合、この「コンサルティング営業」は結局のところは中途半端であり、つまるところは「優秀な営業担当者のアプローチ」を指すだけになりがちである。ただ例えそうであったとしても、何かを販売するときに直接的に売ろうとするのではなく、(「コンサルティング」の提案活動同様に)自社からは離れあくまでも顧客の課題と向き合いそれを定義し、包括的な解決策を提示し、そのうちの一部を自社の製品・サービスが担える、という順番で提案すると言うアプローチは有効であると考えている。そしてこれは優秀な営業担当者の一つのアーキタイプとして、それを「コンサルティング営業」と呼んでいるかはともかくとして存在していると考えられる。

またこのような発想で顧客と向き合うと、提供できる製品・サービスの幅が広がることが多い。例えばある特定業界向けに特定業務のパッケージソフトを提供している会社が自らを「ソフトウェア販売会社」と定義するのではなく「特定業界の課題解決会社」と定義すると多くの場合は提案できる幅が増え、結果的に製品・サービスの幅が広がり結果的に売上も増える。そのために一見コンサルティングと無関係の業界であっても本稿で述べているような「コンサルティング営業」は大事であると考えられる。つまりこの「コンサルティング営業」の発想は個々人の営業担当者だけにとって有効なだけではなく、企業ビジネスモデルの拡張を生み出す可能性があるのである。だからこそ個人的にはこの発想は営業という一つの機能を超えて企業活動において大事であると考えている。

色々と書いたが、(優秀な営業担当者にとっては当たり前のことかもしれないが)何らかの営業をするにあたっては、あるいは企業の営業活動を考えるにあたっては、このような発想は有効であると考えている。

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