企業再生とオペレーション

小森哲郎という経営者がいる。小森氏は新卒でマッキンゼーに入社し、20年近く勤めた後、ファンド傘下にあったアスキー、カネボウ(のちのウクラシエ)の社長を務め業績を大きく伸ばしたとされる人物であり、一流のプロターンアラウンドマネージャー、企業再建請負人などと呼ばれている。私自身プロターンアラウンドマネージャーと言われると、元産業再生機構の冨山氏、元ミスミの三枝氏、そして元アスキー・カネボウの小森氏の三人の名前がすぐに頭の中に浮かぶ。(余談ではあるが、冨山氏と小森氏はCDIとマッキンゼーのパートナーで三枝氏もBCGにアソシエイトとして働いているので全員がコンサルティングファーム出身者である。)

同氏はここ2年で主にアスキーとカネボウの経験に基づき二冊の本を出している。一冊目は「会社を立て直す仕事」、二冊目は「企業変革の実務」である。前者は企業再生の概要を述べているのに対して、後者はタイトルに「実務」という単語が入っている通りかなり細かい内容まで書いている。(個人的には1冊目で十分だと思っている。本当に実務に関わることになったら参考書として二冊目を活用するのがいいだろう。)

これらを読んでの素朴に印象に残ったこととして小森氏のオペレーションの作り込みに対するこだわりが挙げられる。「企業変革の実務」の前書きでも著者は「きわめてオペレーショナルなことを確実に実践することこそが重要」という確信があると述べている。見方を変えるとオペレーションの作りこみで企業を再生できることも多いと言えるだろう。(もちろん小森氏は経営学者ではないが)経営学でいえば同氏はポジショニング派ではなくケイパビリティ派の色合いが強いと言えるだろう。もちろん戦略も軽視していない。同氏は直接戦略という単語は使っていないが、アスキーの再生では市場ニーズと競争環境に鑑みて、自分たちが勝てる主戦場を定めて、それ以外の事業からは撤退するという戦略的な施策を打っている。しかしアスキーの場合は戦略だけでなく雑誌ごとの収益性の管理や営業と編集のインセンティブの整合性を取るなどのオペレーションの作りこみも行っている。またカネボウの場合は(この本を読む限り私の理解では)戦略的施策は行っておらず、全てオペレーション施策で立て直している。(100個近い改善プロジェクトを立ち上げて実施したようである。)結局のところ再生が必要な企業は事業フェーズとしては成熟期・衰退期にあるわけであり、そのようなステージにある会社は一般に開発・生産・販売の中で何かが突出して重要ではなく、それらを一枚岩となって動かすことが重要になフェーズにいるためだろう。三枝氏も全ての著書の中で「創って、作って、売る、のサイクル」と表現しており、また小森氏はこれを「コンカレント」な「マーケティング思想」と表現している。もちろんここでの「マーケティング思想」は一般的に使われる用法よりもよりかなり広い概念として使用している。またオペレーションの施策そのものは大事ではあるが、同氏はそれを生み出し実行する体制を重要視している。背景には個別具体的な施策そのものは企業によって異なるため再現性がないが、施策を生み出す仕組み(「自律的な課題解決ガバナンス」のOS層と表現)を作りこむことが大事であるという思想が読み取れる。

オペレーションの施策を作り込みという視点で同書を読んでみると面白いだろう。特に大企業(成熟期にある企業)にとってはそれは強力な収益力強化のエンジンになり得るのである。

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