見出し画像

好きに名前をつけてやる

得意でなくていい。
詳しくなくてもいい。
熱が弱くてもいい。
スキに名前をつけてやろう。
自分のスキを見失わないようように。
このスキは自分だけのものだと堂々と言うために。
誰よりも立派で、誰よりも馬鹿みたいな名前を
。 
 
 

スキの排他的ピラミッド

  
何かをスキだと公言するのが憚られた経験があると思う。

上手くはないから、詳しくないから、ニワカだから、そこまでの熱はないから………
引け目の理由は数あれど、共通するのはスキと言うためには資格がいる、というようなおかしな感覚。

それはなぜ生まれるか。
みんな自分のスキに自信がないからだ。
だから本来自分だけのものであるはずのスキを他人のスキと混同し、比べる。このスキは本当に自分のものなのかと不安になる。

それをなくすため、多くの人はスキの対象についての知識をどんどん蓄え、熱量をあげていく。
これ自体は良いことだ。

不味いのは、いくらそうした努力を重ねても、彼らのスキに対する不安はまず消えないということ。不安をなくすために情報量や熱量に頼る人は、常に自分を上回るマニアを見て自信を失い続ける。

まだ足りないのか。あっちのスキが本物で、こっちは偽物なのか。本当はどちらも本物でかけがえのないスキなのに、無意味な劣等感を増幅させて不安を強める。

消えない不安を解消するために、つぎにその人たちが何をするか。

他人のスキを攻撃し始める。
その程度の知識でスキなんて言うな、といった具合に、不毛なニワカ叩きを始める。

そうして他人のスキを否定することで、自分のスキに対する自信を相対的に高めようとする。
しかしそれは結局はブーメランにしかならず、これでも彼らの不安は解消されない。

こうして誰もが消えない不安を漠然と抱えたまま、上の者が下を叩いて束の間それを紛らわし、下の者はそれに怯えて逃げていくか、反発心を糧にピラミッドを登り、今度は自分が下を叩く側に回る。
 
 
 
 
誰が悪いわけでもない。

ただみんな自分のスキに自信がないからという理由で、こうしたスキに優劣をつけたがる不毛な構造は再生産され続ける。

 
 
この流れに屈さず、かつ他人のスキを否定することもせずに自分のスキを堂々と保つためにはどうすればいいだろうか?

 
 
 
自分のスキに名前をつければいい。

これは他の誰のスキとも違う、かけがえのない自分だけのスキだという印を刻み込めばいい。

スキに本当も嘘もない

 
「自分が本当に好きなもの」なんてものはない。

スキのきっかけはぼくらの内側にはない。
友達に勧められたから、テレビで見たから、本屋で帯が目についたから………
いつだって外から与えられるものだ。

生まれたその瞬間からのスキ、自分の魂に刻み込まれたスキなんてものは存在しない。

だからこそ、自分がいまスキと思えばスキなのだ。
人によってその形は違っていいし、違うべきだ。

スキに優劣はない。知識や熱量が劣っていようが関係ない。それらはスキを区別するための分かりやすい指標であるだけだ。

もっと他の方法で自分のスキを他人のスキと区別することができれば、そのスキは自分だけのものだと確固たる自信を持つことが出来る。

そしてその他の方法こそ、「スキに名前をつけること」だ。

つまり、外から与えられたスキを、自分の言葉で組みなおすこと。自分はなぜこれが好きなのか、どこが好きなのかということに言葉をつくすことだ。


スキに名前をつけてやる

 
こういうことを言うと、「理由がなければスキでいちゃいけないのか」と言われるかもしれない。

違う。
周りを気にせず、なんとなくのスキを堂々と保てるならそれが一番いいのだ。

でも、そうでないなら。
他人と無意味な比較をして自分のスキに不安を感じ、あまつさえそのスキを手放してしまうくらいなら、自分のスキを言語化してはっきりとした輪郭を与えてあげた方が5000倍良いという話だ。

難しいことは何もない。
なんだっていいのだ。

それこそMacBookを持ち歩く人が表にステッカーをベタベタ貼っているように、たとえ馬鹿みたいな言葉でも、「これは自分のスキだ」と分かるものならば何でもいい。

ぼくは深夜ラジオが好きだ。
そしてあれこれ考えて導き出したそのスキの理由は、「まったく意味がないから」だった。

でもきっと、そんなことでいいのだ。
自分なりの名前をつけることで、他人のスキと区別することが出来るようになる。

「あの人は、自分のメールが読まれるのが嬉しくて毎週のように何通もメールを送っている。けれど、ぼくがラジオを聴く目的はたまに無意味な時間を味わうことだ。だからメールも送らないし、毎週聴くわけでもない。でもそれでいい」

という具合に、他人のスキを尊重しつつ、自分のスキに自信を持つことが出来る。

自分が好きに名前をつけたスキは、ちょっとやそっとでは揺るがなくなる。
そこにはもう、技術も、知識も、熱量も、年数も必要ない。
それは自分だけのスキだから。

スキだらけの世界

 
そうやってみんなが自分のスキに自信をもって、気安くスキを口に出していった方が、楽しくないだろうか。

そうなればそれは、他人のスキを尊重できる空気を生むことにもつながっていくんじゃないだろうか。

  
上を恐れ、下を叩きつつまやかしのピラミッドを登るなんていう好きでもない苦行にみんなが骨を折るスキに厳しい世界よりも、誰もが好き好きにスキをオープンにし、カジュアルでフラットなスキが好き勝手に飛びかうスキに寛容な世界の方が、ぼくは好きだ。


この記事が参加している募集

PLANETS10を買いたいです。