#19 How to write a shitty novel: 4 Life
時間が知れたり、遠方にいる相手と通話が出来たり、地図を開いて目的地を指定すれば道案内をしてくれる小さな板んぱ、これの、あらかじめ設定した時間に音楽を鳴らす機能で以て眠りから覚まされた。
北原白秋の「さすらいの唄」、辛気臭い単調な旋律に気持ちが凪ぐ。
どこかの殺風景な丸太小屋にぽつねんと置かれた寝台の上で俺は、上体を起こす。右手の壁に一挺の機関銃と一本の両手剣が掛かっている。即ちそれが今日の俺の役目、だがどっちも気分じゃねえな。
何年分かの砂埃と返り血で赤茶けた、元は白布だった襤褸を外套代わりに身体に巻き付ける、これだけで十分だ。外出拒否を決め込んだ怠け者、いやさ囚われの姫の救出、その状況をより劇的に盛り上げる障害として邪魔をするべく群がってくる死霊どもを全員、ぶっ殺す、役得として楽しませてはもらうがそれはいずれ単調な、作業。
さて、始めようか。
熟とくそっ垂れな、殺戮に臨む時間を。
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丸太小屋の外は見渡す限りの野っ原、頭上には水で薄めたみたいに青味の醒めた空色。陽射しは遠慮がち、ひんやりとした風は歩き始めたならきっと心地が好いだろう。人は誰もが愛されて生まれてくる、なんて与太は信じちゃいねえが少なくとも赤子の心は無垢な筈、詰まりはそういう事か。
方向はどっちだっていい、踏み出した先にひたすら進めば約束の場所にたどり着く、そういう段取り。順調な道行き、傍から見ればのどかな散歩。
だが直ぐに翳る。
赤い羽根配布後にその代金を集めるような形、即ち半ば強制的に共同募金への協力を求められた事に疑義を覚えた父親が連絡帳に認めた小学校の担任に対する抗議文、これを持たされ提出せざるを得なかった時に感じた恥ずかしさと居た堪れなさ、思えば自我が芽生えた瞬間だったというその記憶が、決まって一体目。
便宜上、それを死霊と呼ぶ。
手首を掴まれ引かれているみたいに両腕を体の前に突き出し、転ぶ直前に仕方なしに足を杖にするような具合に動かして緩慢に移動する。意志などない。せめて呻くが誰になにを云うでもなければ第三者による認証は為されずその言葉は事象として成立を遂げない。思考も乗らず放棄したものとされる。
薄れても消滅せず鈍っても彷徨い続ける。
「あうー」
文字通りの腑抜け、そんなものをぶち殺すのに機関銃も剣も要らねえ、姿かたちが当時のものとて咎める良心なんざ持っちゃいねえ、真っ直ぐその鼻を狙って拳骨を一撃、叩き込むだけだ。
傍から見たら如何な光景か、いずれこれが俺の役目、なにか思い悩んだ時の話し相手として俺を創造したあの女、黒神国見(クロカミクニミ)の要請。
ここから百体、千体と死霊どもが湧いて出る。自責、内罰、慙愧懐疑妬み嫉み恨み痛み寂寞、後悔。
それを以て自ら恥の多い人生と判じ失格とするなら俺は感受性を放り投げて合格してやる。
鏖だ。
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或いは時々の気分がそうさせている程度の若干の違いはあれどみな同じ貌、だが目立ったやつも折々に交じる。
鮮烈な赤をその身に帯びた琉金が長い尾鰭を引いて紺地の中を泳ぐ柄の浴衣姿、一人の友人も自分にはいなかった事を知った惨めさを遣る瀬がないままに歩いた夜店見物の帰り道、その記憶が生んだ死霊。
「あうー」
うるせえ、死ね。
鉄拳一発、国見の頭が爆ぜる、と同時に俺の右目が腐り落ちて洞の眼窩が曝される。気持ちを抑え込んだ事による反動か肉体の時限性を可視化する演出か、いずれ如何なる解釈を与えるにせよこれはいわゆる不文律、役目を果たしている事の証左。
彼方の地平線の辺りに転がる巨大な国見の生首は確か、余所で婚姻を決めた嘗ての恋人に祝福を強請られ自己肯定感を抉られた時の死霊、恨みがましい眼がとても味わい深い。
果たして。
死霊の群れは屠ってしかし、相応の手応えも味わえない雑魚に変わる。物理的事象に置き換えて見れば傷の深さは変わらない、だが過去の事例に照らせば素早い対処が可能、果たして経験則が抗体の役目を果たし痛みを軽減させる、その結果記憶も薄くそれを霧散させる行為を作業に変質させる。磨り減って感じる事も忘れた心、というやつだ。
暫く往くと地平線の辺りに今度は奇岩が現れた。喜怒哀楽、それぞれを云うような表情をした国見の四体の彫像の連なり。単調な背景にせめてもの変化を求めた描き込み、なけなしの遊び心。
或いは苦慮する演技くらいして同情を乞えよ、馬鹿野郎。
肩口から先の全部、俺の左腕が破裂した。
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そうして約束の場所にたどり着く。
窓のない象牙色の壁の背の高い建物、開放された鉄扉をくぐると中は言わば子供部屋、手狭ではないが広くもない空間に本棚の列、大きな画面を持つ映像機器、それと線で繋がった幾つもの遊戯装置。中綿のたっぷりと詰まっていそうな丸や四角の座布団、甘い匂いのする菓子、湯気を立てる紅茶牛乳。
宅配便が届く予定も出前を頼む余裕もない時の、いわゆる他人には見せられない部屋着姿、えらく寛いだ様子で現実逃避中の黒神国見。
規定量以上の睡眠薬を服んで現実世界では昏睡中、なんて事態になってりゃ囚われの姫様の救出話に説得力も生まれるだろうが生憎そんな玉じゃあない、ただの妄想、ここは脳内会議の場。またぞろ今日を生き延びようと、国見がそういう気持ちを持ち直す為の他愛もない儀式に過ぎない。
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「あらあら、満身創痍だね」
いつも最後はこの姿だろ。
「うん、そうだったね。ありがとね、来てくれて」
えらく単調で面白くもない殺戮なんざ障害でもねえ、礼には及ばねえよ。
「面白くないって言われちゃうと心削られるな。慣れたくもない痛みに麻痺してる、その証明になっちゃうからさ」
感受性を磨滅させてようやく生きていかれる、そういう話だろ。
「気持ちはね、大事だよ。だから動かなくなってても動くって言い張るの」
苦しい、寂しいを言えねえくせに。
「現実逃避が趣味にして特技」
このまま妄想世界に住み続けるか。
「然りとて希死念慮とも仲良くないんだよね、あたし」
しらねえけど。でも確かにそうでなけりゃあ俺もここに存在はしなかったって事だしな。
「すいすいすーだららったすらすらすいすいすい、てね」
全然分かんねえよ、なにが言いてえのか。
「そうだね、ちょっと反省してる。好い加減ないい加減さを武器に換えてどうにか乗り越えてきたって話」
だけどそれを死ぬまで続けるのかと思うとうんざりする、そういうやり場のない不満を覚えての現実逃避か。
「ちゃんと結果を出さなきゃ向上心も嘘になっちゃうからね」
つって自縄自縛に苦しんでる、表向きはそういう面しときゃいいじゃねえかよ。
「跆拳道を急に習い始めるとか、それくらい思い切った事をして変化を求めなきゃ駄目かな、もう」
どうだかな、それも。走り出してからその理由を考えるのが元来のお前だ、それが走り出してねえならその先に魅力を感じてねえって事だろ。
「なんかさ、考えが凝り固まってるのかも、とも思うんだよね。ずっと平熱で退屈してて、それで生産性も皆無なんだから目も当てられないっていうかさ」
人間として間違わない、それで得られる権利をお前は選んだんだ。抗って、或いは間違った結果選択肢奪われて要らん苦労を重ねたその反省が、生きてんじゃねえか、へっへっへっ。
「ぬび太さんのど助平」
寝言か急に。
「乗りで、つい」
吐き出してすっきりするのも自前で済ます、全く不憫な女だぜ。
「独りで出来るもん」
不毛が過ぎるぜ。
「変な事言わないでよ、ちゃんと生えてるわよ」
本気で言ってるとして俺はどう応えてやりゃいいんだよ。
「まさか本気な訳ないでしょ」
微塵も疑ってねえよ、弩阿呆。
「無理矢理な会話が続いてるね」
目いっぱい楽しんでるけどな、俺は。
「もうそろそろ閉めようか」
やめたっていいけど、そりゃあお前が決める事だ。
「いやいや本当に、充分逃避させてもらったよ今回は。ていうか今回も」
努々忘れるな。お前の人生を俺はいつだって肯定してやるからよ。
「えらく単純だよね。薄っぺらく思われちゃうよ」
余程の馬鹿でもなきゃ人に生き方を説こうとなんかしない。言わせとけ、いずれそんな輩は自滅する。
「らび太さんのど変態」
理屈の通った返しをしろよせめて。
「累々たる死屍の上に今のあたしは立ってる、改めてそれを分からせてもらった。だからあたしちゃんと生きるよ、この場所まで歩いてきたみたいに」
裂帛の気合でも発して勢い付けるか。
「ろび太さんのど短小」
分かった分かった、じゃあそろそろ眠りから醒ましてやる。その顔面に真っ直ぐ拳を叩き込んでやるよ。
「五日もしないうちにまた現実逃避したくなったりしてね」
運動、芸術観賞、半身浴に暴飲暴食、手淫姦淫電動こけし、いろいろ試してどれも気晴らしにならなきゃまた相手をしてやるよ。
「えー、初手から自堕落にふて寝が手っ取り早くて楽なんだけどな」
をるあっ。
「んがぐぐ」
('20.9.26)
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