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#057 下ネタに逃げちゃダメ!

坪内逍遥の『小説神髄』では、「小説脚色の法則」を述べているのですが、法則に入る前に、逍遥は、comedyとtragedyについて述べ始めます。

なぜ、それを先に述べ始めたかと言いますと…

純粋なる快活小説を綴るに当りて最も忌み嫌ふべき条件といふは、鄙野猥褻[ヒヤワイセツ]なる脚色[キャクシキ]是れなり。作者の見識低き時には間々滑稽の料にくるしみ、詼謔の料を求めかねて、いと賤[イヤシ]むべき事柄をさへにその物語のうちに加へて、笑ひを買はまく望む事あり。一九の『膝栗毛』、金鵞[キンガ]の『七偏人[シチヘンジン]』の如き是れなり。我が維新前に行はれし小説として之れを評すれば、きはめて巧妙の小説なれども、之れを真成[マコト]の小説視して更に評論を下すときには、ほとほと読むに堪[タ]へざる物あり。蓋し「下[シモ]がかり」の事件多ければなり。

つまり、下ネタに逃げるな!ってことですね!w

やっぱり、いつの時代も、下ネタって逃げやすいんですよ!w

当時は、下ネタを「下がかり」って言っているのも面白いですね!

例えば「つまらぬ物」をば「たいそうなるもの」のやうにいひなし、賤しきものを高尚なるもののやうにいひなすなども笑ひを博すべき一方なり。或ひは老実[マジメ]なる人の粗忽[ソコツ]なる振舞、あるひは倨傲[キョゴウ]なる人物のへこまされし体裁等、総て滑稽の料なるべし。畢竟偶然の間違よりして発生なすべき条件には笑ひの種となるもの多かり、豈[ア]に必ずしも婬猥[インワイ]事をもて詼謔[カイギャク]の料となすを要せむ。

倨傲とは、「おごりたかぶること」という意味です。

当時から、「へこます」っていう表現があったんですね!

例へば婬猥なる風習の盛んに行はるる時世に在りては、穴隙[ケツゲキ]を鑽[キ]りて密会する男女[ナンニョ]も数あまたあるべきなれども、その風俗を写さんとて只管房中の隠微をあばきてその相語らふ有様をば仔細[シサイ]に模写しいだすなんどは、是れ小説家の本分にあらで、他の情史家の本分たり。……それ一時一処の人心を悦ばしむるは容易にして、広く人心を感動するは難きことなり。……時代物語を綴らまくせば、殺伐の条[クダリ]もなかるべからず、惨酷[サンコク]の物語も多かるべし。こはまた是非もなき事なりかし。世話物語を綴ればとて、我が生息せるその社会が尚ほ半開の位置にありなば、残忍なる人物も多かるべく、猥褻なる事件も間々あるべし。そをあながちに忌み嫌ひて皆ことごとく除き去りなば、写しいだしたる物語は作者が理想上の物にして、当時の状態とはいふべからず。しからばいかにせばよからむかといふに、おのれは答へていはむとす、猥褻なる情話も叙すべし、惨酷なる事件も語るべし、ただ之れを叙するに当りて作者が十分その心を虚平[キョヘイ]ならしむるを要するなり。

悲哀小説についても、さらっと注意を述べています。

いかに愁歎場[シュウタンバ]が主なればとて、徹頭徹尾悲涼惨憺[ヒリョウサンタン]、悲しき事のみ多かりせば、読者[ヨムモノ]遂に倦[ウミ]はつべし。殊に結局の悲話の如きは、なるべくだけは淡泊[アッサリ]と且つ軽やかに叙するを要する。

このあと、逍遥は、小説を書く上での注意点を11項目挙げているのですが…

それは、また明日、近代でお会いしましょう!

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