見出し画像

#1485 源太!十兵衛!ともに聞け!

それでは今日も幸田露伴の『五重塔』を読んでいきたいと思います。

明日、辰の刻に当寺へ来るべし。敬い謹んで承知の旨を頭を下げて答える源太、妻は茶菓子と幾らかを包んで、是非にと取らせます。十兵衛の家にも同じ連絡が入ります。翌日、源太は髭剃り月代して衣服をあらため、勢い込んで一間に待たされて座を正しくし控えます。十兵衛も人気のない一間に通されただ一人つくねんとして上人を待ちます。五重塔の仕事を一切そなたに任すと言われるのか、それとも源太に任せ我は断るために呼ばれたのか……。ただ願わくば、上人が私の愚かしさを憐れんで私に言い付けるように……。すると、こちらへおいでまし、と呼ばれる声。導かれるままに従って一室に入ると、こちらをぎろりと見る眼するどく怒りを含んで睨むは源太、上人の影はどこにもありません。十兵衛は突っ立ったまま一言もなくにらみ合い、源太から離れたところに座ります。小僧が襖をあけて座につくと、ふたりは頭を下げます。おもてを上げた十兵衛の顔には紅さし、額の皺のすじには汗がにじみ出し、鼻の頭には汗が玉となって吹き出て、腋のしたには雨のように汗が……。

源太も黙して言葉なく耳を澄まして命[メイ]を待つ、那方[ドチラ]を那方[ドチラ]と判[ワケ]かぬる、二人の情[ココロ]を汲みて知る上人もまた中々に口を開かん便宜[ヨスガ]なく、暫時[シバシ]は静まりかへられしが、源太十兵衞ともに聞け、今度建つべき五重塔は唯一ツにて建てんといふは汝達[ソナタタチ]二人、二人の願ひを双方とも聞き届けては遣りたけれど、其[ソレ]は固[モト]より叶ひがたく、一人に任さば一人の歎き、誰に定めて命[イイツ]けんといふ標準[キメドコロ]のあるではなし、役僧用人等の分別にも及ばねば老僧[ワシ]が分別にも及ばぬほどに、此[コノ]分別は汝達[ソナタタチ]の相談に任す、老僧[ワシ]は関[カマ]はぬ、汝達[ソナタタチ]の相談の纏[マト]まりたる通り取り上げて与[ヤ]るべければ、熟[ヨ]く家に帰つて相談して来[コ]よ、老僧が云ふべき事は是ぎりぢやによつて左様心得て帰るがよいぞ、さあ確[シカ]と云ひ渡したぞ、既早[モハヤ]帰つてもよい、然[シカ]し今日は老僧[ワシ]も閑暇[ヒマ]で退屈なれば茶話[チャバナ]しの相手になつて少時[シバラク]居てくれ、浮世の噂なんど老衲[ワシ]に聞かせて呉れぬか、其[ソノ]代り老僧[ワシ]も古い話しの可笑[オカシ]なを二ツ三ツ昨日[キノウ]見出[ミイダ]したを話して聞かさう、と笑顔やさしく、朋友[トモダチ]かなんぞのやうに二人をあしらふて、扨[サテ]何事を云ひ出[イダ]さるゝやら。

というところで、「その八」が終了します。

さっそく「その九」を読んでいきたいと思うのですが……

それはまた明日、近代でお会いしましょう!

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?