「2022すばるクリティーク賞」受賞を受けて

『90年代サブカルチャーと倫理:村崎百郎論』で、「2022すばるクリティーク賞」を受賞した。

この賞の良いところは選考委員による座談会の様子が公開されている点だろう。満場一致の受賞作もあれば、委員によって評価が分かれるものもある。私の場合は後者となった。それでも村崎百郎論が世に出たのは喜ばしい。

以下、各選考委員の指摘に対する応答を記したい。

上田岳弘氏からはもっとも高い評価を頂いた。90年代とゼロ年代の断絶の間に村崎百郎を位置づけようとした私の試みを読み解いてくれている。村崎は1997年にインターネットのホームページを開設している。これはかなり早い方だと思うが、ゼロ年代以降に積極的に活用している素振りはない。あれほど雑誌や書籍を蒐集していた人物が、ネットに溢れるジャンクでゲスな情報に興味を示さなかったのは何故か。村崎百郎とネットは本論の重要な要素なので、そこに着目して頂けたのはありがたい。

浜崎洋介氏は、私の論を過大に要約して下さっている。村崎百郎が行っていたゴミ漁りは、空虚な戦後社会において本当の現実や存在を実感するための行為ではなかったかと考え、戦後社会と村崎百郎という巨視的な視点を導入している。60年代の北海道に生まれ、70年代末から80年代始めに上京し東京の大学の文学部へ入学。その後、工場勤務を経て、編集者、ライターとなってゆく村崎の来歴は戦後社会の時流を強く反映したものだろう。浜崎氏は私が「歴史的認識が乏しい」「たまたま「村崎百郎」が好きだっただけかも」と指摘するが、その疑念が生じたのも、こうした部分への着目度の低さがあるせいかもしれない。私に歴史認識があるのかどうかは、今後書くもので示していくしかないと思っている。

杉田俊介氏は私が示す90年代のリアリティに共感を寄せてくれた。ただ「ナイーブな道徳や責任の次元への回収」を批判的に捉える。酒鬼薔薇聖斗は人を殺したが村崎は殺していない、といった話だ。私は本論の前提で「本当はいい人だった村崎百郎さん」(これは没後に刊行された『村崎百郎の本』(アスペクト)でさやわか氏が示した違和感でもある)といった話に与しないと宣言したにも関わらず、やはりそちらに心情を寄せている部分があったのだろう。

さらに結論の今こそ村崎百郎が「等しく正しく読まれるべき」という一文には上田氏も違和感を示しているが、杉田氏は「「読者」の特権性が生き残ってしまう」と指摘する。これはまったく意識していなかった部分だった。不可視であるがゆえに自明の特権性(私の場合は「男性である」「日本人である」といったものか)は、意識することがない。村崎の悪意は「ゲス読者」である私にすら向けられている点を素通りしてしまったのは私の甘さである。

大澤信亮氏は、その甘さを厳しい目で見抜いていたと思う。大澤氏は高校時代に『危ない1号』や『GON!』の読者であったという。大澤氏は私の文体はクリーンすぎ「死や暴力の手触りがない」、時流を反映して「このテーマでいける」とライター的に書いたと指摘する。

大澤氏に限らず、当時の鬼畜系サブカルチャーを深く享受した人にとって私の論は物足りなく、浅いものに見えるかもしれない。詳しい人にとっては当たり前の情報の交通整理を行っているだけに過ぎないからだ。その行為はライター的ではあろう。しかし、誰もその作業を行わないからこそ私がやり、2021年夏のタイミングでなければなかった。締切が迫り「資料を読み込んで1年かけて来年応募しよう」といった思いもよぎったが、その選択をしていれば村崎百郎論は世に出なかった。仮に来年も賞が続いていたとしても、今年と同様のものを送ったら通らなかっただろう。

「すばるクリティーク賞」は今回で休止となるが、大澤氏は「一本の批評文によってまったく無名の新人が世に出現するということはなくなってしまった」「文芸誌という媒体で出てくることに意味があると思う」と述べている。この意見に私も同意する。最終的に受賞と本文掲載に同意してくれた大澤氏には感謝したい。

最後に受賞後の雑感を。受賞の連絡から雑誌発売までは約2ヶ月のタームがあった。私は普段は主にネット媒体で原稿を書いており、締切は長くても1週間、短いものだと1日や数時間もある。それに比すれば2ヶ月は途方もなく長いが、1つの文章を出すのに必要な時間だとも感じた。校正、校閲担当者のプロの目線によって、元原稿に存在する無数の間違いを丁寧にすくい上げて頂いた。何より紙媒体への愛着も再確認できた。

私は出版社の雑誌編集者を経てフリーライターとなった。原稿を書き対価を得ている点ではプロフェッショナルであったと思う。だが、それはアノニマス(匿名)な存在でもあった。これからは、名前を出した原稿も書いてゆくことになるだろう。ネットと紙、ライターと批評・評論を自在に往還できる仕事が出来ればと思う。

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