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アドルフに告ぐ ②&③

3分冊のこれを、ひとつずつ読んでは何か書こうと思っていたのですが、2冊目を読んでしまったらもう我慢ならず、一気に3冊目まで行ってしまったのでした。

連載回数113回、トータル1130ページ(連載後に加筆されたので、既存の単行本ではもっと多いのですが、今回の刊行は連載時のままの再現)。映画で言うなら3時間半の超大作(実際に読む時間はそれよりももうちょっとかかりました)、大河ドラマを見終えた時のような満足感、疲労感。3時間半の映画でスカッとさわやか、なんてのはないですよね。多彩な登場人物たちと共に時代を生きたなあ、という重み。こんな大きな話を漫画で描ける人はちょっといない。

描かれる中心は第二次世界大戦前夜から終結までの時代ですが、そこで終わらないことは、連載開始前から決めていたことなのでしょう。ネタバレになるのでそれ以上踏み込みませんが、最後の最後に来て、「アドルフに告ぐ」というタイトルの意味が分かる仕掛けになっている。そこに至るまで二年強、途中、病気で入院した時期を除いて毎週毎週これを描き続けた。週刊少年誌にいくつもの連載を並行して描いていた手塚さんにとっては、当たり前の仕事だったのかもしれませんが、凄い仕事です。

連載時の状態のままなので、一回一回の中でのリズムや起伏がよく分かります。今回の単行本化はB5サイズという大きさだし、紙も印刷も素晴らしいので、絵そのものをよく見たいという気にもなるのですが、それ以上に話の展開、その見せ方が上手いので、ついつい先のコマへ、次のページへと目が、手が動いてしまう。手塚漫画を形容するときによく「映画的」と言われますが、対象を多彩なアングルから捉えた「カメラ」の映像を、巧みにデザインされたコマの形や大きさによって「編集」されているように感じる。調子のいい音楽を聴いているときのようなグルーヴがあって、その推進力に突き動かされてしまうのです(手塚さんに限りませんが、こんな映画のような漫画を描ける人が、いざ実際にアニメーションなどを監督して時間を扱う時に、漫画ほどの切れ味を見せてくれないのは、一体どうしたことなのでしょう)。

内容の細かいことには触れませんが、この漫画の各回が描き続けてきた戦争や民族の問題は、今もって何ひとつ解決していないどころか、ますます複雑化し、手の付けられない状態になってきていると感じます。とりあえず、漫画を読んだ一人一人が、こんなのはイヤだ、こんなことは良くない、という思いを抱くことが、ささやかでも不幸の抑止力になっていくのでしょう。読んだことのない方は今回のバージョンでなくても、他に安価な文庫版もあれば、電子書籍版もあります。是非、一度。もちろんこの漫画はフィクションだし、ヒットラー自身に彼が天敵としていたユダヤ人の血が流れていた、という物語の肝も仮説にすぎません(その設定と、話を動かしていくそれを記した文書は、ヒッチコックがよく言うところの「マクガフィン」的なものです)。しかし、その一方で、歴史の中で実際にあったたくさんのことがこの漫画から学べます。「大量虐殺なんてものはなかったんだ」なんて言い出すバカにならないための予防薬。

しかし、効能を先に言うのは野暮ですね。栄養があるから食べなさい、というようなもの。まず、美味しいのです。本当に面白い。面白い面白いとページを繰っているうちに勉強になり、さまざまな思考を呼び起こしてくれる。傑作です。


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