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真夏のひゅるひゅると、ぐちゃぐちゃ人類

 侵略者がやってきたのは8月の暑い盛り、それも盆休みのただ中だった。
 オレがはっきり覚えているのは、そいつらがひゅるひゅると降りてきた時にクーラーの調子が悪くてたまらなかったことだ。時折温風が出てくるクーラーを睨んではあの電気屋ディスカウント商品とか言って不良品売りつけやがって殺す! とか思ってたのだが、テレビにひゅるひゅるが映っているのを見てそういうことを忘れて窓を開けた。案の定うちの空にも浮かんでいた。
 ひゅるひゅるというのはその名前がぴったりと思えるねじれた蠅取り紙そっくりのもので、見えない糸で吊られているかのように浮かんでいる。時折そいつはひゅるひゅるという音で鳴く。そのぺらぺらした粘っこそうな黄色の表面にはゴマ粒のような何かがうごめいていて、同じゴマ粒がひゅるひゅるの周りを飛び回っていたからますます蠅取り紙そっくりだった。ひゅるひゅるが近づいてくるにつれてそれがあんまりにも馬鹿でかいからオレは笑ってしまった。
 ひゅるひゅるは地面に着陸することなくぐるぐるぐると形を変えて俺たちの町の上に留まると、ゴマ粒みたいに見えたものがバラバラ地面に落ち始めた。ゴマ粒はだいたい中型自動車ぐらいの大きさをした黒ゴマみたいなもので、それはオレが住んでいた家賃月58000円のアパートの上にもどしゃどしゃどしゃと降り注いだ。ああ、と思う間もなく58000円のアパートは崩壊して、オレはその下敷きになった。
 オレが幸いにして助かったのは故障しかけのクーラーのおかげだった。ぶつぶつと音を立てながら奇跡的に動いていたクーラーは結露しており、8月の熱気の中地下生活者というか正確には生き埋めになったオレは冷気と臭い水の恩恵にあずかった。そのために蒸し焼きにされずに半日間生き延びることができたし叫ぶこともできた。
 だけど、オレの上から瓦礫が退いた時、もう人類はぐちゃぐちゃにされていたのだ。
【続く】

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