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線は、引き直せる@トグルという物語/エピソード3

前回から、今回までのあらすじ】

社歌プロジェクトの制作に乗り出した私『S』は、週に一度くらいのペースで伊藤嘉盛よしもりと会話をするようになりました。

「社歌のMVを作ったとして、イメージなんですが――」

「伊藤さんやトグルの情報発信は次のような世界観を考えていて――」

この時間は、いつしか、アイデアを発散する場になっていきます。それがダイアログになり、またアイデア発散の場になり、というサイクルから生まれたのが、この連載企画『トグルという物語』です。そのやり取りのなかから、もっとも長い時間にわたって話し合われたダイアログを今回のエピソードで紹介します。それは『トグルという物語』の原点でもあります。

このときの伊藤嘉盛よしもりの狙いは、緩やかな共同体をつくること。それは同時に、会社という仕組みを乗り越えたいという思い、次の社会を見据みすえた構想でもありました。それだけではありません。このテーマは、伊藤嘉盛よしもりのアイデンティティに触れるであろうエピソード6、7の話をくだくための伏線にもなっています。

社会派リアリティ・ヒューマン・ドラマ『トグル』の本編、エピソード3です。ご覧ください。

会社の枠組みを超え、次の社会像を描く

伊藤:緩やかな共同体を作りたいと思っていて。現状だと『トグルホールディングス(A)』という、サークルがあるとします。それにかかる『業務(B)』というサークルがあって。少し離れたところにあるのは『なんとなくトグルを知っている人たち(C)』です。ほかは『トグルをまったく知らない人たち(D)』とします。仮に、そうなっているとして。『なんとなくトグルを知っている人たち(C)』や『トグルをまったく知らない人たち(D)』との関係性を改善したいというか。

S:つながりたい?

伊藤:単純な接点の話ではなく、そもそもの在りかたを変えたいです。

S:在りかたとは?

伊藤:うーん……まず、事業や会社を抽象化すると「ビジョンや便益に共感した人々が集い、価値を交換している」ということで、これは原始的な在りかたですよね。

S:原始的、ですか。進歩した現代の実際の在りかたは、どうなっているという認識ですか?

伊藤:現在の事業や会社の在りかたは、サービスを提供して金銭をもらう側を『事業者』、その逆側を『顧客』とし、線引きしています。働くことの対価として社員に約束しているのは、金銭を安定的に支払うことです。その約束が流動的である場合を社外へ発注することで、内と外を線引きしています。それだけではありません。内へ目を向けると、社員のなかには正社員、契約社員、業務委託という雇用形態による線引きもあります。

S:そうではない姿があると?

伊藤:はい。

S:それが社会像みたいなニュアンスだとして。伊藤さんは、どんな理想を描いていますか?

伊藤:そもそも、インターネットの普及によって、事業や会社はビジョンや便益に共感した人々が集うという原始的な在りかたに再帰している感じがしていて。クラウドファンディングによって事業者と顧客の境界が消え、クラウドソーシングによって社内と社外、雇用形態の境界も消えつつある。slackの影響も大きいですよね。組織階層を調整することなく、価値のある情報がみんなに届くわけです。slackの構造上、チャネルに参加してしまえば社内や社外、役職も関係なく全部フラットになります。その関係性を持たない人たちは会社にとって『その他社外の人』です。ある会社のサービス利用者も当然ながら『その他社外の人』です。そこを全部、自社の共同体、スコープのなかに入れるというか。最近だと、会社という形態を取らずとも、何かを成し遂げたいという思いの下に人が集まって価値を生み出し、交換している状態が結構、生まれてますよね。さらに思うのは「事業者と消費者、社内と社外の線引きがなく、何かやりたいと思った人々が集まり、自分の得意なことでそれぞれがコミュニティに貢献していく共同体の在りかたは、”会社”のディスラプトにつながるのではないか」ということです。トグルも、そのような在りかたに近づけたらなと思っています。不動産業におけるイノベーションを起こしながら、同時に会社という在りかたの刷新にも挑戦していく。

伊藤:その在りかたは、誰かを中心としたネットワークではなく、より分散型です。上図でいえば「ここ(B)までがトグルのメンバーである」というのが従来だと思います。

伊藤:そうではなく、その組織の中央は、どこかわからず、”中央”という概念は、ありません。たとえば森です。

伊藤:森という生態系に中心(中央)は、ありませんよね。一方で、森は森として存在し続けている。同じように私が理想とする事業、会社、組織は運営されていく仕組みが、しっかりしていて。そこに存在する人、メンバーとなる人が、それぞれコミュニティ内で企画や事業開発をしていく。みんなで考え、みんなで学び合います。新しい会社の在りかたであり、既存の在りかたを打破することが、できないかを挑戦してみたいです。

S:もはや既存の会社という枠組みには収まらない?

伊藤:そうなりますね。

S:伊藤さんは冒頭で「そもそもの在りかたを変えたい」とおっしゃいました。会社組織や法人について、その根本を変えたいと願う背景には、どんな問題意識があるんでしょうか?

伊藤:たとえば「誰得なんだろう」という状態があります。人を管理するための階層化や、階層化による官僚化、手続きを正しく踏む人が評価されて権力を獲得する、獲得した人が自己保存のためにさらなる線引きをするなどなど。こうしたケースは結構ありませんか? この現状に大きな問題意識を持っています。権力を持つと人間は、自己保存のために線を引きはじめますよね。そうなるなら極論をいえば、もはや法人としての自己保存を諦めてしまえばよいんじゃないかなと思います。

創造的自信「僕らは世界を変えることができる」

伊藤:世の中への説明コストや、上場などの資金調達の機会からすると、いまこの瞬間に何かをやろうとしたときには、現在の、”会社”の形態を取ることが合理的かもしれません。でもそれは現在の話です。

S:この先は違う?

伊藤:少なくとも現時点で、ブロックチェーンベースのプロジェクトに成功事例が生まれています。つまりは、10年後には事業をやるための理想の形態が変わっていることが容易に想像できるわけです。

S:現在の、”会社”の形態を取ることが不合理な未来が訪れたとして。未来と現在の差分については、どんなことを感じていますか?

伊藤:不動産業界における用地取得の定説をトグルは、くつがえしました(エピソード2参照)。あの体験から改めて思うのは、まだ世の中には、定説や常識にとらわれている人が、たくさんいるのでは、ないだろうかということです。何かをやりたいと思っていても『会社』という線引きを超えることに躊躇ちゅうしょしていたり、社会や企業の歯車的に生きていたりすることにで、気づきながらも諦める、あるいは目を背けるというか。日本は同調圧力というか「ちゃんとしなさい」という風潮が、あまりにも強いと感じることもあります。

S:「線引きを守ろう」とか?

伊藤:そうです。「ちゃんとしよう」と考える人が沢山いても、よいと思いますが、私は「自分は世界を変えられる」という創造的自信を持った人、「新しい線を引くことができる」そう考える人がもっと増えたらなと思っています。

S:創造的自信とは?

伊藤:災害や、コロナのような出来事で社会や環境が大きく変わっても「僕らなら新しい社会をつくることができる」と変化を前向きに受け入れ、生き抜こうとするチカラです。これが、これからの社会に必要だと思っています。

S:たとえば?

伊藤:いくつかあると思いますが、その一つに『先入観や固定観念にとらわれない』があると思います。

S:それが創造的自信につながる?

伊藤:はい。

S:そのことを大勢に気づいてほしい?

伊藤:言い換えるなら「目覚めてほしい」です。

伊藤:社会は、どうにも動かない静的なものではなく、僕らの手で変えることが、できるんだと。もし世の中の不条理、不便さ、不可解なことに、あなたが気づいたら、批判や不満をもらして、やりすごすのではなく、それを解決する実践者になれるかもしれないと考えてみてほしい。私が、トグルで働くメンバーに期待するのは、メンバーの一人ひとりが事業経験を通じて「自分は世界を変えられる」という創造的自信を獲得することです。かなうなら「世界を変えることができる」ということを周りの人たちに伝播してもらいたい。そんなことを考えています。

S:気づいたり目覚めたりしたあとの選択肢の一つに起業家になることや、トグルの事業を通じて実践者になることがあると?

伊藤:そうです。そのための創造的自信を”会社”という概念に閉じることなく、トグルという場で学びや経験を重ねることでつちかってほしい。創造的自信がある人って、世の中の不条理、不便さ、不可解なことが自分事になりすぎて起業しちゃうと思うんですよ。そういう人が増えるような共同体を作ることができたら理想ですね。

S:『目覚め』や『気づき』を起業と結びつけるのは、ユニークな視点ですね。

伊藤:昔、私の友人が「起業することと花粉症になることは似たようなメカニズムだ」そう話していました。

S:似たメカニズム、とは?

伊藤:単純化して説明します。花粉が人の体に入るたびに、体内で抗体がつくられ、抗体の数が一定の量を超えたとき、人は花粉症になるとされています*1。花粉が人の許容度を超えたとき、花粉症というアレルギーを発症するわけです。アレルギーを発症するまでの許容度を『器』と考えると、器の容量は人によって違います。加えて、これまでの人生で浴びてきた花粉の量も違います。この発症メカニズムから「起業する人においても同じような作用が働いている」そう考えるわけです。たとえば親が起業家なら、自分が幼いころから、家のなかで起業についての情報を浴びるじゃないですか。たくさんの情報を浴びて、その人の『器』が一杯になったときに起業するわけです。

S:起業についての情報を浴び続けることで、あるとき一定の量を超える。そこで人は起業という、”発作”を起こすようなイメージですかね。ステレオタイプな表現かもしれませんが、たとえば、リベラルというか進歩的な人は、その許容度が低いイメージですか?

伊藤:裏を返せば保守的な人は、恐らく許容度が高いです。『器』は深くて大きい。でも情報に触れ、浴びることを繰り返すうちに、いつか起業してしまうのではないかという仮説を私は持っています。これを花粉症理論と呼んでいます。人が花粉症になるように、経営や起業にまつわる、たくさんの情報を浴びることによって、起業家に目覚める。多くの人がそうなるような取り組みをしたいなと考えました。

S:その共同体では、階層や階級をあがった人が社長に選ばれるイメージではない?

伊藤:そうです。共同体のなかで世界を変えるための学びや知恵を共有していくようなイメージですかね。緩やかな連携があり、アメーバやサテライト(衛星)のイメージです。

S:それぞれが重なり合う感じ?

伊藤:というよりは、脳神経のようにトグルの社会関係資本が形成されるイメージですね。私は、ニューロンのようなものが形成されればよいなと思っています。

S:ニューロンのようなものが形成される、とは?

(つづく/エピソード4へ)



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【参照情報一覧】
*1◆総合南東北病院より【あなたも予備軍?増加をたどる花粉症

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