☆ホモバレ注意報☆

 ホモバレって、怖いですよね?

 毎日必死に自分がホモであることを隠しているそこのあなた。もし先の未来が少しだけわかったら楽なのに……なんて思ったことはありませんか?

 そんな時こそこの未来予報アプリ『ホモバレ注意報』を使ってみましょう! 使い方はカンタン♪ 自分のスマホにダウンロードして置くだけで、あなたがホモバレする未来を感知してアラームを鳴らして知らせてくれます。しかもメッセージでどんな状況であなたがホモバレするかまで教えてくれるスグレモノ!

 汚物のような差別まみれのこの世の中を生き抜く必須アイテム! さぁ今すぐあなたもダウンロードして快適な人生を送りましょう! これはあなたのために用意された、あなただけのアプリです。未来はあなたのために。


 …………あほくさ。

 いつものようにYouTubeでお笑いの動画を観ていたら突然流れだした広告。なにが未来予報だ。うさんくさすぎる。

 しかし、なんでこんな広告が流れてきたんだろう。確かに俺はゲイだ。しかし、高校では上手く隠し通しているし、親や兄弟にもバレないようスマホやパソコンの履歴もろもろは逐一消去している。それなのにこの広告は狙いすましたかのように飛び出してきた。偶然にしてはちょっと怖い。おそるべしビッグデータ……。

 最後の文章も気になる。「これはあなたのために用意された、あなただけのアプリです。未来はあなたのために。」まさかな。スマホで「ホモバレ注意報」とググってみる。ゲイをわざわざ「ホモ」と言っちゃってるところとか、内容もネタアプリにしても不謹慎すぎるし、話題になっていないはずがない。だが、いくらネットの海をさまよっても、誰もこのアプリについて語っている者はいなかった。まさか。本当に?

 俺は息を飲んで、ホモバレ注意報のダウンロードページにジャンプする。もし。もしも、これが本物なら、好きなAV女優突然聞かれて困ることも勝手にスマホのぞかれて焦ることもなくなるってことだ。今まで経験してきたあまたのピンチが脳裏をよぎる。

 …………ええい、ままよ! 俺は意を決してダウンロードボタンを押した。


「よおソータ! 昨日のドラマ観た?」

「観た観た! 浜辺美波めっちゃかわいかったよなぁ!」

「ソータソータ、ごめん、一瞬スマホ貸してくんない?」

「あ~悪い、今日家に忘れてきちゃったんだよね」

「ソータさぁ、クラスに好きな奴いんの?」

「強いて言うなら前田さんかなぁ。おっぱいでかいし!」


 完璧だ。あれから俺はすっかり「ホモバレ注意報」の虜になってしまった。これは本当にすごいアプリだ。今日も学校に来る前にアラームが鳴った。「ドラマの話題でイケメン俳優の話ばかりしてホモバレ」「クラスメイトにスマホを貸した途端にゲイアプリの通知がきてホモバレ」「好きな人を聞かれ、何も言えずにホモバレ」。こいつは俺が近い未来に苛まれるホモ的危機を全て先回りして知らせてくれる。俺はそうならないように対策をすればいいだけだ。

 ティロリン♪

 再びアラームが鳴った。ポケットからスマホを取り出しチェックする。さっき忘れたなどと嘘をついたからこっそりと。画面にはホモバレ注意報の通知が表示されている。

「いきなり背中をどつかれ変な声を出してしまいホモバレ」

 まじか。その瞬間、背後にただならぬ気配を感じた俺は素早く身を翻した。

「おっすソータ!!!!! ……て、お前避けやがったなクソ!!!!!」

 野球部の小出。こいつはノンケオブノンケでガサツだから苦手だ。しかしまぁ間一髪避けられたからよかった。危ない危ない。こんなところで「ひゃん!」なんて声でも出そうものなら「ぎゃははははお前オネエかよ!!!!!!」と大声で笑われ、小出はおろか周囲十メートルの同級生たちにホモバレするところだった。


 ふふふ。思わず笑みがこぼれる。隠れるしかないと思っていた。ずっとビクビクしながら生きていかなければいけないとばかり思っていた。だがこのアプリさえあれば、もう何も怖くない。未来はすべて僕のものだ。


 ティロリン♪


 またアラームが鳴った。俺はスマホを見る。

「えっ」

 書いてあることが信じられなくて、素っ頓狂な声が出た。


「ソータくんのことが好きです。付き合ってください!」

 目の前の女子生徒は顔を真っ赤にして、必死に声を絞り出すようにしてそう言った。体育館裏。嘘みたいなシチュエーション。クラスメイトの前田ほのか。いたずらとかドッキリとか、そんなんじゃないことは空気で伝わってくる。あぁ。遠くで吹奏楽部の合奏が響いている。俺はホモバレ注意報のメッセージを思い出す。

「前田ほのかの告白を断ってホモバレ」

 まじか。そんな。そんなことって。確かに俺はクラスメイトに前田さんが好きだなどと言った。前田さんは見た目もかわいいし、性格も良くて男子からの人気も熱い。だからここで断るなんて〝普通の男子高生〟ならおかしい。あり得ない。吐きそうだ。どうしよう。どうしよう。あ。え? なに? どうしたらいいんだ。気持ち悪い。なんで。なんで。

「ソータくん?」

 前田さんは不安げに俺の顔を見上げてくる。俺はふっと短く息を吸い込んで一気に吐き出した。

「う、うん。俺でよかったら……」

「ほ、ほんと……!?」

 ぱあっと、花の咲くように笑う前田さん。かわいい。んだろうなぁ。本当だったら。俺が普通の男子だったら。きっと。

 その日はクラスメイト達に茶化されながら、前田さんと一緒に帰った。


  暗い部屋で、一人。スマホを見つめる。付き合うことに、なってしまった。前田さんと。女の子と。ホモバレの危機だったとはいえ、それでよかったのだろうか。わからない。憂鬱だ。明日から何を話せばいいんだろう。


 ティロリン♪

 アラームが鳴る。スマホにメッセージが浮かび上がる。

「前田ほのかと目が合わせられずホモバレ」

 ティロリン♪

「前田ほのかと手を繋げずホモバレ」

 ティロリン♪

「前田ほのかとキスできずにホモバレ」

 ティロリン♪

「前田ほのかとセックスできずにホモバレ」

 な、なんなんだよ、これ。次から次へとメッセージが浮かび上がってはスマホの画面が埋め尽くされてゆく。

「前田ほのかとデートで盛り上がらずホモバレ」

「前田ほのかに偶然スマホを見られてホモバレ」

「ゲイ友と遊んでいるところを前田ほのかに見られてホモバレ」



「前田ほのかに好きと言えずホモバレ」

 あぁ。目が。まわ

る。





 それから何度か朝が来て夜が過ぎていき、また何度目かの朝が来た。その間俺は部屋から一歩も出ずに過ごしていた。だって一歩でも外に出れば危ないんだ。歩き方。座り方。立ち方。笑い方。コップの持ち方。喋り方。見る方向。表情。声。動き。何から何まで全部見られてるんだ。全部、全部見られて、監視されている。ジャッジされている。お前は異常じゃないかと、いつも誰かに試されている。俺は。俺は普通でいられているだろうか。

「ソータくん」

 扉の向こうで、声がした。

 前田さんの声だ。

「大丈夫? LINEしても全然返事ないし、心配で……」

「………………………」

 声が、出せない。怖い。いつ何が導火線になるかわからない。ティロリン。ほら、アラームが鳴った。喋っちゃいけないんだ。こいつとは。

「ソータくん、返事はいいから、そのまま聞いて欲しいんだ」

 前田さんはしゃべるのを止めない。どうして。

「私ね、ずっとソータくんが好きだった。一年生の時からずっと、誰よりも優しいソータくんをずっと目で追ってたの。だからね、最近のソータくんはちょっと変だなって思ってた。もし、悩みごとがあるなら、相談くらいには乗れるかもしれない。私にできることがあるなら何でもするよ。

 ……ほんとは今でもびっくりしてるんだ。ソータくんが私と付き合ってくれたこと。だって、ソータくんは私のことなんて」

 好きじゃないと思ってたから。と前田さんはポツリと言った。


「クラスのみんなにそそのかされて強引に告白しちゃったんだけど、でも、それでもソータくんには好きだってちゃんと伝えたかったから」

 ………。俺は思わず口を開いた。

「前田さんは、怖くなかったの」

 俺が返事したことに前田さんは少しだけ驚いたような間があった。

「……怖かったよ。すごく。嫌われたらどうしようとか、笑われたらどうしようとか、そんなことばっかり考えたよ」

「前田さん、ごめん、俺」

 ティロリン♪

 背後でアラームが鳴った。

「俺、前田さんに嘘ついてた。自分のことばっかり考えて、前田さんのことちゃんと見てなかった」

 ティロリン。ティロリン。ティロリン。

「前田さん、あのね」

「うん」

 俺はゆっくりと息を吸い込んだ。足が震えている。怖い。逃げ出したい。

「俺、ほんとは」

 初めて本当のことを言ったとき、彼女はドアの向こうでどんな顔をしているのだろう。嫌われるかもしれない。失望されるかもしれない。傷付けてしまうかもしれない。でも。それでも。

 この先は、俺が、俺だけが自分の目で見つける物語だ。

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