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侍星条旗

「このばいそんなる獣は、れいろーを走るろこもてぃぶより巨大であると?」
「は、確かに絵図を検分させましたので真かと。東亜米利加では遊興として貨車より鉄砲にて狩るとか」
「成る程。東では、な」

 肝が冷える。
 上座にて我が書を検分するは吉田正秋様、号を東洋。
 東洋様は土佐藩きっての知恵者で有るが、その纏う気は武芸者のそれである。一刀流を修められ、曾て下男を無礼討ちにし蟄居された事を藩で知らぬ者は居るまい。

 故に頁を捲る度に己が首が飛ぶ姿が過る。
 尤も藩主、山内豊信公に上梓する書なので東洋様の改めを通らぬ代物なれば結局死は変わるまい。

 己は万次郎より聞きしを書き綴り、特に絵図は幾度も念を押し確めた。
 そもそも万次郎は腹を決め、既に東洋様に包み隠さず米国の事を詳らかに話しているのだ。命懸けの万次郎が今さら嘘をついて何とする?

 ただ人は見た事無き物を容易には想像出来ぬ。しかも万次郎には絵心が無かった。而して狩野派に学びし己、河田維鶴、号は小龍に白羽の矢が立ったのだ。
 己は東洋様の命で万次郎を預かり異国の話を聞く事となった。

 俄かには信じ難い御伽噺の様な体験談である。

 だが絵空事めいた話も万次郎の為人を知れば知るほど真であると確信したのだ。

「では西ではその野牛をどう狩るのか…」
 東洋様が頁を捲る。
 汗が頬を伝う。
 終いだ。

「ほう?太刀で斬るか。しかもこの者…女子の様じゃな。俄には信じ難い」
 信じては貰えまい。
「御無礼を承知で申上げ…」
「信じ難い、が事実じゃの。西亜米利加、加利福尼亜国。黄金沸く地。関ヶ原の後に戦働きする武士を絶さぬ為、新天地を求めし者達の末裔」
「仰せの通り」
「幕府も隠し知っておろう。小龍よ、この女武者の装いは具足とは違うな」

「被りたるは牛追帽…かうぼいはと、短き袴は帆布を藍く染めし…ほっぱん、星と横縞画かれし乳当は美姫衣…びきに、金の髪、鬼神の如き業前との事」

 その横「嗚呼、日ノ本之侍階位低也」の一筆。


【続く】

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