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中国の一帯一路は東南アジアのデジタル環境をどう変えたのか/イギリス留学week10

東南アジアの学生とタイトルのようなエッセイ(小論文)をグループワークで書いた。一帯一路は英語で The Belt and Road Initiative (BRI)といい。そのデジタル戦略は Digital Silk Road (DSR)という。

勉強になったので、グループワークの感想と、エッセイの内容を少し紹介しようと思う。

感想

とても良いお題だったなぁと思う。ぼくは実務家の卵として、現場では使えるもの(=発展に役立つもの)はなんでも使っちゃえよという思想を持っていて、その場その場の現場判断というか短期のことしか考えてなかったりするし(これは長期的視座を求められるポジションを経験したことがないということでもある)、協力隊のときも日本の立場と西側諸国の視点から中国の援助の様子を見ていたから、こういうマクロな視点というか一歩引いて大局的に中立的に物事をわりとしっかりみるというのは新鮮だった。

今回のグループワークなかなかに面白くて、最初のアウトラインを決める段階はとてもスムーズだった。というのもぼく以外は東南アジアの政府職員で、彼らは現場で実際に起こっていることを知っているわけで、その経験に、レファレンスをくっつけてエッセイを書けばいいわけだから(ぼく以外は)。

が、実際にレファレンス探しを始めると即座にびっくりするくらいに頓挫した。みんな、自国のことや自分の経験バイアスが入っているから、論文や国際機関のレポートで報告されていることと(彼らの知っている)現実とのギャップに耐えきれなくなって、「こんなこと聞いたことないぞ」が続発した(これは実は途上国ではあるあるなんだけれど、それは本論とは外れるので別の機会に)。結局、みんな自分の国については触れずにエッセイを書くことになった。

どうなることかと思ったけれど、最終的には2,000ワード内にまとまって25本くらいレファレンスくっつけて無事提出できた。

内容

さすがに全訳となるとめんどくさいので、要点を箇条書きっぽくつらつら書いていく。

デジタル戦略である Digital Silk Road (DSR) は参加国のデジタル接続性を向上させることを目的としている。マクロレベルでは、DSRは、地上および海底のデータケーブル、5Gセルラーネットワーク、データストレージセンター、グローバル衛星ナビゲーションシステムなどの重要なデジタルインフラの開発と相互運用も構想に入っている。2018年までに、中国以外のデジタルインフラプロジェクトに対するDSR関連の投資額は790億ドルに達したと推定されている。その資金力をバックにアリババを始めとする中国のテック企業が進出し、プロジェクトを立ち上げている。

特にアリババは自身のプラットフォームを東南アジアに持ち込み、ASEANの人口6億人が中国市場にアクセスできるようにしようとしている (導入国が増えている)。シンガポールに本社のある、東南アジアのトップのEコマースのLazadaの大株主となり、アリペイなどの電子決済も浸透しつつありデジタル環境が整いつつあると同時にプレゼンスと影響力が強まっている。

コロナ禍においても、遠隔医療の通信技術を提供していたり、バリ島のドライブスルーワクチンプログラムに技術協力をしていたりと、民間セクターのみならず公共セクターにも影響力がある。

特にマレーシアはいち早くアリババと提携した国であり、デジタルフリートレードゾーン(Digital Free Trade Zone :DFTZ)でプロジェクトを展開している。DFTZは中小企業の輸出促進のために設けられた特区であり、アリババとの提携により、Eコマースを通して数十億の輸出商品の取り扱いと6万人の雇用が期待されている。また、マレーシアのデジタル戦略では所得レベル下位40%がギグワークやオンラインフリーランスを通して収入を増やす構想もあり、2020年までに年間約5億ドルの経済効果を目標としていた。

タイにおいても、DSRの前後でThailand 4.0 というデジタル化構想を立ち上げており、現状の製造業2.0から、3.0(自動化)を超えて4.0(AIやIoTを取り入れより効率化)を目指している。また、タイの農村でもアグリテックプロジェクトの一環で、女子学生にスマート農業 (ドローンの操作含む)の研修プログラムをFAOやユネスコの協力の下実施している。デジタル環境が整い始めたことにより、タイでは2012年時点で3社未満だったスタートアップの数が2016年で75社に増えており、その大半は40歳以下の若い起業家であり、3分の2以上がタイ人となっている。

今後もASEAN地域では中国や中国企業のプレゼンスが強まるとみられているが、これにはデータが中国に抜き取られることによる監視や人権侵害の懸念もあるが、それでもこの中国のプレゼンスは、従来のアメリカ、日本、EUなど他国のハイテク企業への依存度を下げている側面もある(依存度を下げる狙いは当然中国の戦略であるが、その恩恵はASEAN諸国にもある)。

今後の課題としては、その ”西側価値観” と中国との間でどうバランスを取るか、あるいはASEAN内で張り合えるプラットフォームを開発・育てることができるかというのがある。なぜプラットフォームを自前で作った方がいいかというと、現状、中国のアリババ(中国版楽天やアマゾン)を使うならば、アリババに手数料とデータが抜かれるし、欧米の企業のものを使っても同じで、自分たちの経済活動の積み上げが他国に吸われ続けることになる。いつまでもキャッチアップできないじゃないか、植民地と変わらなくない?というのが背景にある。

所感

マッキンゼーだかなんだかのレポートで、今後10年ほどでアジアで2800万人の雇用が製造業から失われる可能性があり、それだけ失っても2018年レベルの生産性を達成できるのだそうだ(うろ覚え)。

これはつまり、これまで雇用の受け皿として君臨してきた製造業がもはやあてにできないことが白日の下に晒されたといっていいと思う。次の雇用の受け皿はどこか、何がなり得るのか、あるいはこれから人はどう収入を継続的に得ていけばいいのか。これはぼくの卒論のテーマになる可能性が高い。

現状、これ!という単一のものはないように見える。物事の変化が早すぎるからだ。変化が早いということはぼくたちみたいな大卒はもちろん、地方の人や中卒や高卒の人にはもっと厳しい。キャッチアップできる教育プログラムが必要だ。けど、一般に公共セクターの教育プログラムは時期を逸し気味なことが多い。以前、アメリカかどこかの投資家の話で「正社員なんて概念はたかだかここ50~60年のうちに根付いたものだ。人類の歴史は当然その何千、何万倍もある。つまりは、それだけ変わりやすいってことだ」みたいなことを言っていて、正社員という働き方にこだわる必要はないのかもしれない。

新しい技術が生まれて、社会が変わっていくのは一般には良いことであり、その流れを変えることはできない。その大きな流れの中で、特に弱い立場にいる人たちがどう自分たちの居場所を確保できるか、どうより多くの人が新しい技術の恩恵を受けるようにすることができるか、民間セクター出身のぼくが政策や妙案を考えるのはなかなかに難しいのだけれど、誰もが答えを持っていない中で、この差し迫った課題に取り組むのは言葉が適切かどうかはわからないがとてもスリリングだ。


参考図書

エッセイを書くのは英文の論文や国際機関のだしてるレポートをもとにしているのであまり紹介するのもあれかなと思うのだけど、このエッセイに取り組んでいるときに、タイムリーにGRIPSの勉強会で途上国のデジタル戦略を考えるみたいなテーマがあり、参加させてもらった。

そこで登壇していたのが上記の著者の伊藤さんで、内容も上述のぼくらがエッセイで書いたことをより深くカバーしている素晴らしい本。

中国流のデジタル社会を理解するにはこれが一番わかりやすいと思う。というか、中国があからさまにやっているだけで、実際すでにクレジットヒストリーとかで先進国内でも結構管理されていたりするんだけれど。

で、そのあたりを深堀したのが本書。グーグルは検索履歴なんていう本来ゴミデータでしかなかったものを広告と結び付けて、金のなる木に変えた。データは現代のオイルだ!なんて最近は呼ばれているけれど、そのデータはぼくたちが知らず知らずのうちに勝手に集められているんだよね、それっていいのかなと一石と投じるというか、昨今のプライバシー問題の核心の本。



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