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漫画脚本大賞落選作品『水戸黄門拉麺漫遊記』

講談社の漫画脚本大賞に応募して、予選すら通過しなかった原作その1。このまま埋もれさせるのももったいないので、晒すことにした笑

画をつけて一緒に一発当てたい漫画家先生も募集中www

水戸光圀が、日本で最初に拉麺を食べ、その後家臣たちに自ら作った拉麺を「水戸うどん」と呼びふるまっていたという史実に基づき創作。

全国を旅しながら、行く先々のトラブルをご当地ラーメンを作って解決していく物語。水戸黄門がプロデュース、格さんが麺を打ち、助さんがスープを作り、八兵衛のうっかりが新たな味を生み出すご当地ラーメンがドドンと登場。

時に悪代官を懲らしめ、時に縁を取り持ち、時に蕎麦屋と対決し、時にうどん屋と対決しながら、ラーメンを普及させていくロードムービーもとい、旅漫画です。

時代考証の誤りや史実と違う部分は、もちろん、承知の上。大河ドラマの原作ではないので、悪しからず。

最終回は、すでに構想済み笑

水戸藩屋敷光圀の間

白髪、白髭の老人が座っている。横には家老、正面には2名の家臣が座している。 「光圀様、本日は、『巻之二百八十七 志第四十四 国郡三 畿内二 - 大和国』であります」 「大和国からの使者が参っております」 家老が告げると老人は頷いた。

座っている老人は、徳川光圀(64歳)である。「天下の名君」「国の宝」と謳われた第二代水戸藩主であったが、先日、家督を譲り今は、隠居の身となっている。

(毎日、毎日、退屈なこった、、、)
光圀は、あくびを噛み殺しながら、大和国の使者の報告、名産品の説明を聞く。
(『史記』を作りたいと思い立ったのはいいけど、40年以上続けてまだ全然終わりが見えてねぇ。俺は、毎日毎日報告を聞くだけ)
(太平の世で名を残すのは、楽じゃあねえな)
太平の世では、名を残すことも出来ずここまで来てしまったことを光圀は嘆いている。

光圀は天井を仰ぐと、そっと目を閉じた。

(俺は、自分で日本中を周って見聞きしたものを大日本史にしたかったのに、、、こんな報告を聞いてるだけじゃ、俺がやる意味なんてあんのかよ。こんな身分に生まれてこなかったら、、、、まあ、あのままでは野垂れ死にだったか)

「小野言員(おのときかず)め、、、」
光圀は、つぶやいた。

(言員がいなかったら、この『大日本史』はなかったぞ。厄介な仕事を作りやがって)

若き日(14歳頃)、街に降りて働いた狼藉の日々、それを切腹覚悟の小野言員(おのときかず、25歳)に咎められたことを思い出す。

回想・十代半ばの光圀(江戸の街、水戸藩上屋敷)。

傾奇者として町のやくざ者や他の旗本の放蕩息子たちとともに大暴れしている光圀(14歳)。さながら、茨城のヤンキーである。茨城のヤンキーの源流は光圀かもしれない。
水戸上屋敷に帰ってきた光圀を言員(31歳)が掴まえ叱責した。
「光圀様、何をされておったのです!光圀様はこの徳川の世を支えていく大切な役割があるのですぞ」
「天下太平の世、俺がいなくったって何も変わらねえ。もう、この国は俺が生まれる前からもこれからもずっっと変わらないんだ。クソ面白くもねえ。面白くねえから面白く暴れてるんだよ」
「光圀様、それは違います。変わらぬ国などございません。なにより光圀様はこの国を知っておいでか?」
「なんだと?」
「これを御覧ください」
史記を渡す。
「ここには、清国の歴史、文化、品々、人物あらゆるものが記されております。この史記が清国の歴史であり、清国の今なのです」

清国のことなど考えたこともなかった。清国はそこに昔からそこにあり、何か思いもよらぬとてつもないものを初めから持っているのだと漠然と思っていた。そしてこれからも未来永劫、それは変わらないものだとばかり思いこんでいた。

今、言員は、それを違うと言っている。清国でさえ、人が何世代にも渡り作りあげた国であり、そしてそこには多様な人々が暮らしている。そして、それがひとつの本にまとめられているのだという。人は、自らの姿を知るからこそ、前に進むことが出来ているのだ。
それは国も同じ。自らの姿を知るからこそ、国は発展する。清国はそうやって今の姿になっているのだ。そして、これからも発展を続けるのだろう。

何か光圀の心に熱いものがこみ上げてきた。

「しかし、まだ日の下のこの国には史記はございません。誰もこの国全体の文化も、歴史も、人物も知らないのです」
確かに、知っていることはすべて断片的なことばかりであった。誰も、この国の自らの姿をしらない。知らねば、発展することはあるまい。国が発展しないのは、天下泰平の世だからではなかったのかもしれぬ。
もし、国の姿を映すことが出来れば、この国もいずれ清国のような大国になる日がくるやもしれぬ。
「この国の史記を編纂してみては?」
言員の言葉に、光圀は震えた。今までに感じたことのない、昂ぶりを感じている。
「日本の史記、、、大日本史、、、俺は、それを編纂するぞ」
「そうです。そして、光圀様自身もまた日本の史記に載せるに値する偉業を成し遂げてください」
「俺が、この国の史記に、、、」
その日からだった。光圀が別人になったのは。

回想ここまで。

光圀が心の中で愚痴る。

(俺がいなくても、もう大日本史は完成されていく)
(そもそも、自分が本当にやったこととはなんだったんだ。何もやり遂げた気がしない。自分で見聞きしたものを記録した訳でもない。世が世なら、せめて何ごとかを自分の手で成し遂げて名を残すことも出来たろうに。俺は、結局、満足できた試しがない)

まだ使者の説明は続いていた。
「今日は、ここで終いじゃ」
「光圀公!大和国はいかがしますか」
「大和国はあいわかった。そのまま記すが良い」
そういうと、光圀は立ち上がり、部屋を出ていってしまった。


屋内。廊下。

お抱えの忍びの一人、お銀(くのいち、23歳)登場。席を立ち廊下に出た黄門の前に、音もなくお銀が天井から降りてくる。
「厠じゃ」

屋内廊下

廊下を歩いていく光圀。
(大日本史を編纂するなら、俺の目で見、耳で聞いたものを記録したかった、、、たとえ、これからだって、、、そんなこと、許されるはずもないがな)

お銀は、思いにふける光圀の背中をしばらく見ていたが、また音もなく消えた。

中庭

助三郎(助三郎・31歳)、格之進(格之進・32歳)登場。
稽古に励む格之進と助三郎を廊下から光圀が眺めている。水戸の竜虎と謳われ、世が世なら、戦乱の世を駆け巡り手柄を上げ、名を挙げ、後世に名を遺したであろう武芸者。

二人を女中たちが見守り、何やらうわさ話をしている。 大方、どちらがいい男か、そんな話で盛り上がっているに違いない。ときおりキャーキャーと騒ぎ声があがっていた。

あからさまに女中たちに格好をつけてみせる助三郎。わざとらしく、剣を振り回し、ポーズを決める。

一方、わざと気が付かないふりをする格之進。一心に大太刀を振っているが、顔は赤くなっている。

光圀が声をかける。
「お主らも、世が世ならば天下に名を轟かせる武芸者になったであろうに。この太平の世では、水戸藩の竜虎も名を残すことも出来ず一生を終えてしまうな。気の毒なことよ。ワシと同じじゃ、同じじゃ」
自虐的に笑う光圀。

顔を見合わせる格之進、助三郎。
「ひとたび一大事があれば、我ら命を駆けて、光圀公をお守りいたします」
「そのときのための武芸です。名を残すためではありませぬ」
「そうかそうか。結構、結構」「ま、覚えておくぞ。一大事の時は、馳せ参じよ。ははははは」
そういって去っていく光圀をみて、助三郎、格之進の二人はふたたび顔を見合わせた。

水戸藩屋敷光圀の間

数週間後、相も変わらず続く退屈の日々。

家老「本日は、清国からの使者、朱舜水が長崎より参っております」
朱舜水(しゅしゅんすい、48歳)が清からの品々を光圀公の前に出す。
「久しぶりじゃの、朱舜水。また珍しいものでも持ってきたのか、、、」
気のない対応をする光圀。
光圀が、もはや清国の品々を見て心を大きく動かされることはないことを朱舜水は知っている。

現地に行きたいのだ。 清国から海を越えてやってきた旅人の朱舜水には、光圀の気持ちがよく分かっていた。

朱舜水「それでは、今日は特別に面白いものをお見せしましょう」

朱舜水が合図をすると、膳に丼が載せられて運び込まれた。
「聞いておらんぞ」色めきたつ家臣。
「お毒味をしていないものを出すわけにはいかぬ」
「コレは、拉麺と呼ぶ清国の食べ物です」
その見た目、そば、うどんの類いにも思えるが、香りがまるで違う。なにやら香ばしいような、甘いような、嗅いだことはないのに、身体が美味いと知っているような香りだった。

この時代、毒味もしていない食事を光圀公に差し出すとは、打首ものの大罪である。しかし、そんなことにはお構いなしの光圀。
「どれ、食してみよう」
と箸を持つと、抱え込むようにして拉麺を頬張り始めた。
光圀は、好奇心を抑えられない質なのだ。

夢中になって拉麺を食べる光圀。 香りだけではない、汁もまた、今まで一度も味わったことのない、強烈に美味い味わいだった。熱さも、香りも、味わいもすべてが光圀の五感を刺激し、撫でつくす。
気がつくと、汁の一滴も残さず平らげていた。
呆然と丼をおく光圀に、朱舜水が告げる。
「いかがでござりましたでしょうか」
「このようなものを、清の皇帝は毎日食しておるのか!?」
「いえいえ、これは清の庶民の食べ物です」
「なんと、、、、庶民がこのようなものを、、、」
(やはり、清はとてつもなくデカい国だ、、、)
「どのように作るのじゃ?」
光圀生来の好奇心が膨らんでいく。

朱舜水が、作り方を説明する。
汁のだしは長崎から輸入される中国の乾燥させた豚肉からとっている。薬味にはニラ、ラッキョウ、ネギ、ニンニク、ハジカミなどのいわゆる五辛を使う。
(この世にかような食べ物があるとは、、、、、、)
熱心に聞き入る光圀。
「下がってよいぞ。あとで褒美をつかわす」

(我が国でも誰かがこの拉麺を国中に広め、拉麺を誰もが食う時代がいつか来るんだろうか)
(誰かこの拉麺を広げるものはおらぬものか、、、)
(、、、わし、、、、なんて無理か、、、、)
深いため息をつく。
(せめてもう少し若ければ、、、)

中庭

数日のときが過ぎる。時折、朱舜水のもとを訪ね、拉麺づくりを見物したり、実際に作ってみたりしている。
しかし、それを除けば光圀の日常は何も変わっていなかった。

朱舜水を後にする光圀に家臣が声をかける。
「そういえばご老公、小野言員殿が」
「小野言員がどうした?」
「しばらく、病に伏せておいでです。もう半月も食事をしておられないとか」
「なんと!」
(小野言員は、ワシより17歳年上だったが、、、、まだ、早いぞ、早すぎるぞ!)
「すぐに、小野言員の屋敷に見舞いに行く。籠を用意いたせ!」
(この世でただ一人、ワシを見てくれていたお前がいなくなったら、ワシは一人ぽっちになってしまうではないか)

小野言員屋敷外

光圀が小野言員(81歳)の屋敷に到着する。
小野言員は、もう2週間以上食事を取っておらず、やせ衰えていた。
「食欲がわかないようで、旦那様はもう半月も食事をとられていません」
突然の光圀の来訪に平身低頭で家人が応える。
「医者はなんと言ってる?」
「食事を召し上がらないことには、、、と」

小野言員屋敷座敷

小野言員が横たわる。
「おい、言員!何をしておる!!」
光圀に気がつき、身体を起こそうとする言員。
「そのままでよい、そのままでよい」
「お前たちは、下がってよい。二人になりたい」
家人たちが、引き下がる。

「おい、どうした?」
とたんに口調がくだける
蚊の鳴くような声で、言員が応える
「私も長く生きすぎたようでございます。光圀公にお使えできて幸せでございました」
二人の間に、50年も昔の情景が蘇る。
「何を申しておる。まだ『大日本史』は終わっておらぬ。お前がいなかったら、俺は、またもとの傾奇者に戻ってしまうぞ!今だって、お前がいるからイヤイヤ『大日本史』続けてるだけだからな」


「何を仰られます。光国様は、既に国の宝と言われるほど名君として名を残されております」
「俺は、名君なんかじゃない。何一つ、何ひとつ俺の手で成し遂げたことなんてない」
「光圀公は、誰よりも素晴らしい君主ではないですか」
「違う、違うのだ。分かってるだろ。お前なら。言員だけは、知ってるだろ。俺は、まだ何も成していないのだ。だから、早く元気になれ!俺を見守ってくれ」
「私には、、、もう、、、心では食事をせねばと思っているのですが、身体が食事をもとめていないのです、、、、何を前にしても、匂いも、味もしないのです。あれほど好物だった、そばも、、、」
「そば!!!!そうじゃ、お前、そばは好きだったな」
ハッとする光圀。
「少し待ってろ。俺が来るまで死ぬなよ。勝手に死んだら、切腹だぞ!」
光圀が、足早に部屋を出ていく。
言員が苦笑いをして光圀を見送る。
(相変わらず、、、なんと自由なお方か、、、)

言員屋敷台所外

光圀が向かった先は、台所だった。
「光圀公、このような場所に何を!?」
家人、家臣たちが、慌てふためく。
「おい、この台所を借りるぞ」「これをわしの屋敷にいる朱舜水から受け取ってこい」
何事かを書き綴ったメモを渡す。
家臣がわけも分からぬまま、命令を聞き屋敷に戻ろうとすると、光圀が後ろから声をかけた
「格之進と助三郎も連れてこい。一大事が起きたといえばよい」
うなずき、足早に台所を出る家臣。

言員屋敷台所中

助三郎、格之進、朱舜水、水戸黄門が集まっている。

水戸藩一、力の強い格之進が麺を打つ。
水戸藩一の剣士、助三郎が材料を切り、焼いている。
朱舜水がスープを作る。

「言員は、こういうのが好きなんじゃ」
そんなことをいいながら、光圀が細かい指示をだしている。

一通りが完成すると、朱舜水が、光圀にどんぶりを渡す。それを見た光圀がにやりと笑う。

光圀は、朱舜水から受け取ったどんぶりに拉麺を盛りつける。
「これを言員のところに運べ」

小野言員屋敷座敷

家臣から届けられたどんぶりを一瞬、不審そうに見るが、その匂いにつられて一口麺を口に運ぶ。
「なんと!!!!」
夢中で食べる言員。言員もまた、しばらく前に光圀が受けたのと同じ衝撃を受けていた。

スープまで飲み干したところで、丼の底に目がとまる。

言員が飛び起きて、どんぶりに平伏する。

「わはははは。元気ではないか、言員!!!」
光圀が笑いながら、登場する。
言員「なんと。まさかこれを作ったのは、、、光圀公!」
光圀「食欲は充分あるじゃあねえか」
言員「 畏れ多いことを、、、、なんと、もったいなきことを」
光圀「これは、拉麺っていうんだ。清国のうどんらしいぞ。そこにいる朱舜水が教えてくれたんだ」
言員とその家臣、家人が、平伏し涙を流しながら感謝の言葉を口にしていた。主が半月ぶりに食事を取ったことが、なによりそこまで光圀が主を気にかけてくれていることが嬉しかったのだ。

(なんだ、この気持ち、、、、俺がやったことが、こんなに喜ばれてるのか、、、褒美ではなく、やらせたことでもない、俺自身がやったことが、、、こんなに、、、、)

光圀は、初めて自分自身が直接為したことで人に心からの感謝を受けたことに衝撃を受けた。心が高揚している。

そしてまた、拉麺の力を確信した。

水戸藩屋敷中庭

その日以来、光圀は、助、格、朱舜水らと度々拉麺を作っては、家臣たちに振る舞うようになっていた。副将軍とも呼ばれた光圀が、料理を作って家臣に振る舞うなど、まったく前代未聞だが、光圀の生来の無頼を知る家老たちは、いっときの道楽と諦めている。

だが、この日々の中で、光圀は、拉麺を日本中に広めることを人生の最後の使命、天命と確信を深めていっていた。

「いつか、わしがこの国に拉麺を食わせてみたいものじゃ」


水戸藩屋敷現水戸藩藩主家条の間

現藩主家条、家老、家臣たちに光圀、助三郎、格之進が囲まれている。

「太平の世に、名を遺す機会がなくて当然。つつがなく徳川の治世を続けていくことがお家の役割、名君として名を残すことに他なりませんぞ」
「大日本史の編纂を途中で投げ出すことになりますぞ!」
家老たちが大騒ぎしている。

「神君家康公の御孫にして先の副将軍ともあろうものが、料理を作ってふるまう、日本中を旅するなど言語道断。徳川の威光はどうなりまする。吉綱公のお耳に入ったら、お家の一大事ですぞ」
といって家条は怒りで震えている。

「そもそも、日本にはうどん、そばの伝統があります。それを清からやってきた拉麺は不要でございまする。大日本史を編纂されているご老公様がそのようなことをなさるとは!」
家老が続ける。
「助三郎、格之進、己らは謹慎じゃ!!!」

さすがの光圀も、ここまで反対されれば、どうすることもできない。

「あい分かり申した」「格之進、助三郎すまぬな」
家条と助、格にそれだけ告げると、光圀は座敷を後にした。

水戸藩屋敷光圀の間

以前よりも失望感が強く、何をやっても面白くない。 口数も少なくなっている。

大日本史の報告を上の空で聞いている。
「光圀様、これでよろしいでしょうか」
光圀「、、、」
家老「光圀様!」
光圀「、、、良きに計らえ」

光圀立ち上がり、退室する。

裏山滝つぼ

ひとり光圀が滝つぼを見下ろす。

(この先、生きていくことに意味なぞがあろうか)

そこに、言員が現れる。

「言員ではないか!どうしてここに!?もう体は良いのか?」

言員は答えずに、にっこりと笑う。
「ご老公様は、すでに名君として十分役割を果たされました。江戸の町を暴れた傾奇者からしたら十分、窮屈なお役目であったことでござりましょう。狭いところに閉じ込めた責はわたくしめにござります。申し訳ございませんでした。あとは、好きになさったらよろしかろうと存じまする」
「言員、分かってくれるか。そう言ってくれるのか。言員!!!俺は、やってみたい、この国に拉麺を広げてみたい。あと何年生きられるのか、何年かかるのか分からないけど、俺は自分の足で全国を歩いて、拉麺を広めてみたい」
「言員はいつも、ご老公様とともにおりまする。いつでも、ご活躍を見守らせていただいておりまする」
「待っててくれよ、言員!」
「いつまでも、お待ちしております。それでは、これにて」
そういうと、言員は、また森の奥へと下がっていったが、ふと立ち止まると、光圀の方を振り返った。
「光圀様、拉麺は、まことにおいしゅうございました」
「またいつでも食わせてやる。いつでもだ」
言員は、にっこりと笑い、深々と頭を下げると、森の奥に下がっていった。


「お銀、そこにおろう」

お銀がどこからともなく現れる。
「はっ」
「ひそかに屋敷を出たい。段取りをつけよ」
「なんと、、、」
「助三郎、格之進、朱舜水、そしてお主もだ」
忍びが光圀公に意見をするなどはありえない。お銀は一瞬にして覚悟を決めた。
「心得ましてございます。では!」
それだけ言い残すと、お銀は一瞬にして姿を消した。

一人残った光圀は、言員が消えたあたりを再び見た。
「言員、、、、」
(ありがとよ)

水戸屋敷

お銀は、ひそかに助三郎、格之進、そして逗留中の朱舜水に文を渡していった。
助三郎、格之進は青ざめるが、意を決した顔になる。

朱舜水はただうなずくだけであった。

水戸屋敷光圀の間

お銀が光圀の前に現れる。
「今夜をおいて他の機会はございません。経つならば今夜。すべての段取りはすでに整えてございます。もし、途中で見つかったら、助三郎、格之進どの、わたくし目は打ち首にござります」
光圀は力強くうなずいた。
「よくやってくれた。して朱舜水は?」
「それが、、、」
そこに朱舜水が登場した。
「この朱舜水に声をかけていただいたこと、恐悦至極にございます。しかれども、私はあくまでも清国の使者。もし、ご老公の身やわたくし目の身に何かが起きれば、清国との間に大変な亀裂が走る恐れがございます」
光圀はうなずく。
「必要な材料はここに用意してございます。いずれ足りなくなるころには、必ずや補充を届けます故、ご安心ください。そのためにも私がここにいたほうがよろしいでしょう」
「もうひとつ。これをお持ちください。清の儒学者『呉五龍(ご・ごりゅう)』によって書かれた図鑑にございます。森羅万象を網羅しております。きっと役に立つはずでございます」
「あい分かった。感謝する。朱舜水。お主があの時、拉麺を食わせてくれたからこそ、ワシは生涯をかけるに値する生き方を見つけることができたのじゃ」
「畏れ多きことでございます」

「それでは、御老公、今晩丑三時に北門から抜けます。今月この日この晩、この門だけが、半刻のみ門番がつかないのです。近くなったらお迎えに参ります」
光圀「相わかった。恩に着るぞ、お銀」
お銀は頷くと、また音もなく消えた。

北門付近。丑三つ時

八兵衛登場(25歳)
八兵衛「あらあらあら、迷っちまったぞー」
「っていうより、オイラはどこの門に行けばいいだったっけ?」
「まいったなー、また怒られちまう」
そうこうするうちに、門についてしまう。
八兵衛「ま、ここでいいか。だれもいねえってことは、オイラが受け持つ門ってことにちげえねえ」
「ちょっとションベンでもしておくか」
といって植木の影に入る。

北門前。丑三つ時

光圀たちが、ぞろぞろと北門前に集合した。
「よくぞ参ってくれた、助三郎、格之進!」
「御老公、お銀の申したとおりです!門番がおりません」
うなずく光圀。
光圀「参ろうか」

植木の影から、八兵衛が飛び出してくる

八兵衛「ひゃーーー」
光圀「ぎゃわーーー」

格之進が八兵衛をすかさず羽交い締めにし、口を塞ぐ。
助三郎が光圀の口を「御免」と言って塞ぐ。

「お前は、八兵衛、、、こんなところで何をしておる」
ゆっくりと、格之進が口を塞いだ手を外す。
「そうゆうあなたは、格之進様?あっしは、ただ門の見張りに来ただけですよ。どこの門かは迷っちまったけど。格之進様こそ、なにしてらっしゃるので、、、?」

といって、周りの人間を見渡す。

光圀に目が止まる。目をこする。上から下まで、見直す。目をこする。
「ご、ごろう、、、!!!!!、、、、んぐぐぐぐ」

格が再び口を塞いだ。

「どうしますか?見られた以上は、ここで、、」

助三郎様が、刀に手をかける。

「ぐぐぐーーーーんんんんん!!!!!」
八兵衛が暴れる。

「ここで切り捨てでもしたら、大変なことになってしまいます。もう時間がありませぬ」
「、、、連れてまいろう。これもなにかの縁。こうなった以上はしかたあるまい」

助三郎・格之進は顔を見合わせるが、すぐに覚悟を決めた顔になり、うなずく。

「八兵衛、お前も着いて参れ。これが水戸との今生の別れと心得よ」
「な、なんだってーーーー」

「いざ!!!」
「ご老公、ここを抜けたらもう後戻りはできませぬ。その前に、もうひとつだけお耳に入れたき儀が」
「なんじゃ、お銀」
「言員様が、つい先ほど息を引き取られました」
「、、、知っておる。この旅を決心させてくれたのは、言員なのじゃ」
驚くお銀。
そういうと、光圀は家臣たちをもう一度、見まわした。

「参るぞ!!!」

水戸屋敷外

光圀は、ついに門の外へと一歩を踏み出した。夜明けまで、ひたすら、道を進み続ける。

ちょうど、峠の頂上に辿り着くころ、夜が明け始めていた。朝日に照らされる一行。光圀は、晴れ晴れとした表情をしている。退屈そうなそぶりはひとかけらも見えない。そして、それは一行、全員も同様であった。

「この国に拉麺を食わせるぞ!!!」
朝日に向かって、そう誓う光圀。その陰で、お銀はそっと助三郎に三つ葉葵の印籠を渡していた。

光圀一行の旅は今始まったのだ。


おしまい!


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