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ものがたり

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あることないこと。ありえないこと。あったかもしれないこと。
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フルートビルディング

フルートビルディング

引っ越した先は風の強い町で、マンション8階ともなるとびゅうびゅう風が吹き付ける。最初はやかましいなと思うばかりだったが、ときおり風音に甲高い音が混じるのに気がついた。なんだろうとベランダに出てみると、どうやら足元から音がしている。壁と張り出しの間につくられたただのデザインと思っていた隙間が、風が通り抜けるとピーッと笛のように鳴っていたのだ。風向きによって鳴る日と鳴らない日があり、近くのマンションか

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アーチ

アーチ

 故郷の町が開放されたという知らせは、古い知人によってもたらされた。
その地区の出身だということを、他人に話したことはない。その人は昔話のついでに最近見かけた小さなニュースを提供してくれただけだった。私は動揺を抑え、興味のないふりでそれを聞いた。長年遠く深く沈めてきた思い出が浮かび上がり、はげしい郷愁に駆られた。他人に隠すということは自分をだます行為だとそのとき知った。

 当時、私は都会で独り立

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ひとくい館

ひとくい館

 この洋館には開かずの間がある。
 不開の間。それも一つや二つではない。ほとんどの部屋が──と言っても部屋がいくつあるのか彼女は知らない。数え切れた試しがない。この屋敷は気まぐれに構造を変えるからだ。さっきまでなかった階段が突然現れる。あったはずの扉が消えている。振り向くといま来た廊下が曲がりくねっている。
 廊下の窓はすべて鎧戸で塞がっていた。なんとか歩けるのは天井がわずかに光を放っているためだ

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安らかな世界

安らかな世界

冷凍冬眠制度が自由化され、人類は飛躍的に長命になった。長い眠り、つまり仮死状態である時間も実年齢に数えると、という意味であるが。

冬眠していない期間の合計、つまり本来の寿命も延びた。冷凍冬眠を施すことで治療困難な病の進行を食い止め、移植のチャンスや有効な治療法の開発を待つことが出来たからだ。
人口増ゆえの食糧問題が深刻化していたこともあり、冷凍冬眠は奨励された。「果報は寝て待て」という故事が、冗

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でえだらぼっち

でえだらぼっち

雲が邪魔なのでふうっと吹き飛ばしたら、いつもより着飾った月が鏡にみとれている。
おでかけですか。
あんたにはかんけいない。
すげない返事。だけれどうきうきを隠しきれていない。
そうですね。すいませんね。
軽く頭をさげて、あげるともう月は姿を消している。
近ごろの下界は夜が明るくなったから、前ほど照らす役目がいらなくなった。暇になった月はちょくちょく夜遊びに出かける。息抜きさせないと拗ねてしまうから

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Appetizer

Appetizer

前世はきっとヤギだったんでしょうね。紙を食べるのがやめられなくて。いえ美味しいとか不味いとかそういうことじゃないんです。食べずにいられないんです。身体か精神のほうかわかりませんが、根元から欲しているというか。本能に忠実にしているだけなんです。いやなんでも食べるわけじゃないです。好き嫌いはあるんです。その商品パッケージみたいなツルツルに加工してある紙だと消化不良を起こします。そういうのはごみ箱に捨て

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おまじない

おまじない

「早く寝なさい」
母さん熊は子熊の後ろ姿に何度目かの言葉をかけました。
子熊は巣穴から外を眺めていたのですが、母親に振り返って叫びました。
「母さん母さん!白い虫がいっぱい飛んでるよ!見てきていい?」
母さん熊の返事も待たず、子熊は喜び勇んで飛び出して行きました。

しばらくして帰ってきた子熊が泣きべそをかいているので、母さん熊はどうしたのかと尋ねました。
「あのね、白い虫がちくちく刺すの。逃げ

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岐路

岐路

(この小説は8月に投稿した『地図』の続きになります。前作に目を通していただいてからお読みいただけると嬉しいです。)



 ぽたん、

 ひたいを打った雨粒は、いつもより大きかった。
 空を見上げると、暗く厚い雲がうねっていて、わたしは慌てて家に入った。ドアが閉まった途端、ざざざと滝のような音に囲まれた。この町で初めての大雨。窓を、屋根を、雨が叩きつける。夜、屋根裏で横になっていても雨音は激

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地図

地図

小学校では、迷路を書くのが好きだった。ノートにもチラシの裏にも、白いスペースがあると何にでもカクカクと鉛筆を走らせた。テスト用紙の裏をびっしりと迷路で埋めてしまったこともある。テストの点数は良くなかったが、裏の迷路にはピンクの色鉛筆で花まるが付いていた。いい先生だった。

中学にあがると、人を迷わすための迷路の道が、導くための道に見えてきた。図書室で読んだファンタジー小説にのめりこみ、挿絵に描

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三階

三階

静けさに目を覚ますと、窓の外が白かった。道も、屋根も、車もすべて雪に覆われて、街は白く塗り替えられていた。
窓から顔を出して、息まで白いことを確かめる。雪で洗われた青空にぴかぴか輝く街は、こってりとデコレーションされたケーキのようだ。このクリームの上に、誰より先に足跡をつけたい。僕は誰も起こさないよう、玄関から靴を持ってくると窓から隣の屋根に下りた。

ずずず、と足が雪に沈む感触が楽しい。けれど真

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迷い尾

迷い尾

煙草を買いに出たついでに、散歩がてら遠回りして帰ることにした。

秋本番にはまだ早いこの季節、道端の花壇では暑さにくたびれた草花がうつむいて夜が来るのを待っている。心地よい夕風を楽しんでいると、足元に何かがまとわりつくのを感じた。見れば、犬の尾である。

いや。形状は確かに尻尾だが、果たして犬なのかは判然としない。なぜなら私の足首にすり寄るそれは、尻尾単体だからである。風に舞うゴミのように、それだ

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最終頁

最終頁

ぱたん。
と、世界は閉じた。

世界が一冊の本だということを、世界中の誰も知らなかった。
最後まで読まれた本は閉じられ、世界は消滅するということも。
最後の1ページが昨日であったことも。

(ぱたん)

忘れられて本に挟まれたままの僕は、誰にも発掘されず朽ちていく。カサカサ、ぺしゃんこの押し花みたいに?

僕は深夜の電話に起こされ、目をこすりながら玄関へ出たところだった。受話器を取り上げて相手の声

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アジサイ

アジサイ

アジサイの花は好きじゃない。くりくりの天然パーマを「アジサイ頭!」ってからかわれたのを、この季節になるたび思い出すから。

なのに誕生日はこの季節だ。梅雨のさなか、誕生花がアジサイ。花言葉もイケてない。移り気。冷淡。辛抱強さ。いい意味もあるよと言うから聞いたら、「元気な女性」だって。なにそれ。誕生石も好みじゃない。真珠かムーンストーン。もっと華やかな、色鮮やかな石が良かった。

幼なじみなんだから

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召使の帰還

召使の帰還

魔女マリカの召使いはアンドロイドである。見目麗しく、完璧なサービスで仕えてくれる。だが、完璧を期すために魔法を施したのが良かったのか悪かったのか、度を超して人間くさくなることがある。

「退屈でございます」
「え?」
着替えの最中、召使いがぽつりともらした言葉に、マリカの目は点になった。
「いま、何て言ったの」
「マリカ様。わたくしは退屈でございます。もうこんな暮らしには飽き飽きいたしました。お暇

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