超体育会系だった僕がシステムエンジニアになった話
どうも Toda Masaoです。
体育会系だった僕がシステムエンジニアになった経緯、なってからの5年間をまとめてみました。
駆け出しエンジニアの参考に、何か新しいことに挑戦しようとしてる方の勇気になれば嬉しいです。
1. エンジニアを志したきっかけ
中学生時代、バレーボール部に所属していました。俗に言う弱小校だったのですが、身長には恵まれていたので、中学三年生の時に県ベスト16くらいの工業高校からスポーツ推薦をもらうことができました。
この時、高校卒業したらすぐに就職しようと考えていたので
「工業高校なら就職率高そうだ。楽に入学できるならいいや」
ってことで、もらったスポーツ推薦でその高校に入学を決めました。
そして入学。その後バレー部に入部しました。
当然ですが、スポーツ推薦を導入している高校の部活が生ぬるいはずもなく
毎日4時間超の練習 ※教育的指導沢山有
年間ほぼ休み無く練習
+レギュラーにはなりたかったので自主練
という生活を3年間送り、1年生レギュラーとして県大会2位。2~3年生の時はレギュラー兼副部長として県ベスト4という成績を収めました。
部活をやっていた時は就職のことなんて何も考えていなかったので、卒業と同時に製造系企業への就職を考えていました。
しかし、就活開始直前に地元の工場を訪問した際、仕事に対して全く好奇心が沸かず、自分が製造系の仕事に興味が無いことに気付きました。
何したいかを本気で考えた結果「モノ作りは好き。パソコンを使う仕事をしてみたい。SEになろう」という結論に至り、両親に土下座して3年課程の情報系専門学校に進学しました。
2. 情報専門学校卒業
専門学校では授業を真面目に聞き、分からなかったら質問。ほぼ毎日教科書の予復習を行い、授業中プログラムで動作しなかったところがあれば放課後残ってコーディングする。
という生活を3年間送りました。
当時、リーマンショックの影響で就職難と言われていたことや、授業料の支払いをしてくれている両親への申し訳なさからほんとに勉強に打ち込みました。
授業中、眠たくなったら指にペン刺して自分を起こしていたので、今考えるとちょっとクレイジーなくらい頑張っていました。
そんな努力の甲斐もあり、その専門学校から就職できる最も良い企業と言われていた今の会社(独立Sier企業)に就職することができました。
3.システムエンジニアスタート
僕は入社1年目から今日に至るまで、アジャイル型で組込み系システムの開発を行っています。(言語や詳細は守秘義務があるので言えません)
1~3年目はUI部の開発を行っていました。
開発対象はH/W要因の状態変化や、ユーザーの操作パターンが多いシステムでした。
なので、設計考慮すべきユースケースの網羅的な洗出しと、それをドキュメントに落込むスキルが求められました。
入ってからすぐに活躍できる訳もなく、四苦八苦しながらも何とか業務をこなしていたのですが、入社して二年が経過した頃、あることに気付きます。
「全然スキルが身についていない」
僕は今までの経験から「努力をすれば、何事もうまくいく」そう考えていました。でも、二年目になってもスキルが全く身に付いてません。
何故身に付いていないのかもよくわからないまま、任される作業の難易度だけが上がっていきました。
こんな状況の中、現行システムにおける機能追加PJが立上がり、開発担当としてアサインされました。
この業務の難易度が想定よりも高く、全然回せず、上司や先輩に多大なご迷惑をお掛けするという経験をしました。
ただ、これがきっかけで僕の決定的に足りない部分が分かりました。
** 目的意識
論理的思考力
**
日頃の会話や書いた文章において、時事のつなぎを深く考えることをしていませんでした。
「これを満たす為にAをする。Aをする為にBをする…」
物事の筋道を考え、それを実行する力が根本的に抜けていました。これが原因でスキルが身に着かない事は疎か、作業の本質が理解できていないのだと分かりました。
以降、能力が高いなと思う先輩と積極的に会話し、思考パターンを猿真似して実行に移すことでスキルを盗みました。これが功をそうして飛躍的に仕事ができるようになりました。
なお、読書するというのも論理的思考を身に着けるのに効果的だと後から気付きました。
ちなみにですが、数年前ニュースで「日本の借金が1105兆円になりました」みたいなことを言っていました。
このニュースを見て日本やばい。と認識した人がいたら、僕と同じかもしれませんので、ご注意いただけたらと思います。
4.まとめ
2年目でやらかした経験を積んだ以降、上司から「Todaは化けた」と言ってもらえるようになり、最短コースで昇進することができました。
4年目以降はプログラミングを離れ、要件定義や方式設計などの上流工程業務を行うようになりました。現在も同じ業務を行っていますが、充実した毎日を過ごしています。
お話ししたかった内容は以上です。
最後にこれまでの話を纏めると
・体育会系でもエンジニアでやっていける
・ただし、物事を理論的に考える力が不足している場合がある
**・普段の会話や文章書く時にその習慣が無ければ
出来る先輩の思考パターンを猿真似するか、鬼のように読書すると良い
**
です。
元バレー部の同期やエンジニア以外の友達と会話したりすると「あれ、話が繋がっていないぞ?」と思うことが多々ありますので、再現性は高いと思っています。
違う畑からエンジニアを目指す場合、論理的思考さえ身につけられれば、エンジニアで十分やっていけると思います。是非参考にしてみて下さい。
以上です。
最後までお読み頂き有難うございました。
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