9/7。たくさんのわたし
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9/7。たくさんのわたし

戸田真琴

来週撮影のVシネマの台本を読みながら、このときばかりは私にももう少し鬱蒼とした下心が蠢いていて欲しいと願う。ドラマもののAVとVシネマ・ピンク映画は、似ているようで違う。AVはもちろん性行為を主体に構成されるけれど、Vシネ・ピンクはいわゆる「本番行為」と呼ばれるシーンをもっと雰囲気のみの濡れ場として展開していくし、それをより情緒深いもの・面白みのあるものにするためドラマ内の人間関係自体に深い魅力や共感を呼ぶ要素が必要とされる(のだと、自身の浅い撮影経験の中から考察している)。それゆえ、Vシネマの脚本は出会うたびに複雑だ。より色々なパターンの、より複数回の濡れ場が組まれるよう、大抵の場合、痴情がもつれにもつれている。そして、私は割り当てられた役柄にも、それ以外の登場人物にも、大抵の場合共感ができない。私は、何を隠そう痴情がもつれたことがないのだ。全然もつれたことがない。というか、性欲を主体にコミュニケーションをとったことのない人生なのだ。それが、いいとか悪いとかそういう話は置いておいて(いい、でも悪い、でもどちらでもないと思う)ただ毎回、台本に書かれた情報からありったけの想像力を使って想像しなければいけないということが大きな壁になっている。そして、私はその壁をぐんぐんと登ることがけっこう好きなのであった。

初めて撮影したピンク映画「コクウ」で演じた朋美という役だけは、共感できるところがあった。そして、その子は私と似通った思いを抱きながらも私よりもずっとずっと大変な思いをし、傷つき、最後には壊れてしまう役だったので、私はものすごく演技に集中した。いつも壊れきることができないままぎりぎり上手くやれている自分の、どこかもう一つの人生をこの子が代わりに再現してくれているような、そんな気になった。これは、私で、そして私が今壊れる瞬間を、私が演じるのだ。なににも代えがたいカタルシスがあった。生きていると出会う様々な物語のなかで、もう一人のわたし、みたいに思える誰かを稀に見つけることがある。それらのわたしは、ものすごく幸福になれる物語を生きていることもあれば、どん底から光を見ることも、ついにはなにもかも失くして砕け散ってしまうこともある。わたしの代わりにその世界を生きてくれたような、そんな気持ちになれるとき、私は今ここにいる自分という役を心から真剣にやりきろうと決意することができるのだ。ドラマを演じるというのは、フィクションというものを今度は自分が作るということ。それが私は結構好きなのだということを、流れでたまたま機会がやってきたピンク映画のお仕事から、はじめて知ることができた。

今読んでいる台本の私に割り当てられたキャラクターは、やっぱり私には共感できない生き方をしている人だった。それでも、言葉のひとつひとつから、仕草と表情を想像してみる。そうして浮かんだ、私と同じ姿をした全く別の女のひとの、悩みと憂いと歓びを、悲しみと怒りと諦めを、愛と同情と願望と欲望と、惰性と寂しさとそれからきっとその人にしかないありとあらゆるなるべく全てを、割り出していくことの素晴らしさよ。私はこの作業が好きだ。私は私の生き方と、姿と仕草がもはや愛着からとっても好きなのだけれど、それでも、私以外の人生をちょこっとだけやってみたかったって思う時もある。痴情のもつれに巻き込まれたくはないけれど、私は今それなりに幸せだから、「幸せになりたかった。」ってセリフを言ってみたい。私はそれなりに孤独だから、「私もみんなも似たようなものだな。」って思ってみたい。私は人を殺めたことはないから、人を殺してしまった時の感情、表情、鼓動、漏れる言葉を再現することに尽力してみたい。私の人生はたぶん普通ではないから、普通の人生を生きている人の、歩く速さを、話すリズムを、ちょっとだけやってみたかったんだ。

根気よく想像するという行為には、経験することと同じくらい価値があるのだと思っている。だから、私は想像力をたくさん使うべきお仕事が来ると本当に嬉しくなる。想像力がうんと育っていけば、臆病で経験不足なわたしでも、いつか優しい人間になれるんじゃないか。そんな希望を抱いている。この役に私は何を教えてもらえるんだろう。どきどきしながら台本読みに戻ります。


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戸田真琴
映画『永遠が通り過ぎていく』4月1日公開|I’m a Lover, not a Fighter. |既刊「あなたの孤独は美しい」(竹書房)2020/3/23新刊「人を心から愛したことがないのだと気づいてしまっても」(角川書店)| instagram @toda_makoto