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約束 《春ピリカグランプリ》

僕は死んだのか。

ぼんやりとした、地も空もない場所に立っていた。立っているというのが正しいのか、浮かんでいるというのが正しいのか。
分かるのは、さっきまで生きていた空間ではないことだけだった。
大往生したのか、非業の死を遂げたのか、何も思い出せない。天国や地獄なるものがあるのだろうかとあたりを見回すと、目の前に文字が浮かぶ。

『約束のある方はこちらへ』

…約束?
何も浮かばない。だが、それ以外になんの案内も出ていないのだから、そこへいく他に次のステージにいく道はなさそうだ。

すると若い女性が現れる。
「ずっとお母さんと一緒ね」
どうやら僕の母親のようだ。僕を愛しむ表情で小指を差し出す。
しばらくすると、次は年老いた、おそらく先ほどと同一の女性が現れる。
「どうして約束を守れないの!?」
激しい口調で人差し指を僕に突きつけているが、僕の感情は揺らがない。
これが僕の約束だろうか?

また別の女性が現れる。
「ずっと一緒にいようね」
僕の手に指を絡ませ、僕の肩に顎を乗せる。その瞳を見つめると、胃のあたりが細やかに震えた。ああ、僕の愛した女性だ。
「病める時も健やかなる時も…」指輪の交換にはにかむ愛おしい人。
完璧な物語を読むような、強い喜びが沸く。死が2人を分つまで。なんと崇高な誓いなのだろう。

だが次に現れたのは、髪を振り乱し泣き叫ぶ女性だった。
「二度と私の前に現れないと約束して!」
なんの間違いだろう。僕には強い愛情があると確信があるのに、激しく拒絶されている。

目の前の映像が、ゆっくり目の奥から流れるように記憶がさざめいた。

「いつだって君は僕との約束を守らない。全て君のためなのに」
僕は出来る限り優しく、まるで子供に教えるようにゆっくり言い聞かせる。
君はそれが聞こえていないように叫んでいる。
「嫌なの、もう嫌なの!」
しぃっと人差し指を唇に押し当てる。困った人だと思うがそれも愛おしい。
彼女を抱きすくめ、ゆっくりと頭をなでながら耳元で囁く。
「少し外の空気を吸って落ち着こう」
彼女の肩を抱きベランダに出る。夜景と呼ぶにはあまりにもチャチな家並みの明かりだが、それでもそれを見下ろせる満足感が心を満たす。あの明かりの中にいるどの夫婦より、僕は妻を愛しているだろう。それを伝えたくて彼女の顔を覗き込む。すると彼女は泣き崩れるように僕の足もとにうずくまった。
「泣かないで。怒っているわけじゃないんだ」
そう伝えようとした刹那、足が宙に浮いた。ベランダの手すりが背中から腰の方へ滑っていく感覚と同時に頭が後方へひっくり返る。
それでも僕の思考は「どうしたら僕の愛が完璧に伝わるだろう?」だ。
君も、殺意が芽生えるほど僕を愛しているんだろう?僕にはよくわかるよ。

僕はスローモーションで闇へ落ちていく。
手すりから君が覗き込む顔が見えた。
安心して。
僕は、昔みた映画のヒーローのように、彼女に親指を立てて見せる。

I'll be back.



(1196文字)

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※映画『ターミネーター』で有名なこのセリフ。
アーノルドシュワルツェネッガー扮するターミネータが溶鉱炉に沈んでいくシーンで、親指を立てながら静かに沈んでいくシーンを連想しがちですが、このシーンでこのセリフは使われておりません。
だけど、こう、連想しちゃったんですよ、闇に堕ちていく親指と『I'll be back.』のセリフ。

いや、絶対戻ってきてほしくないんですけど…!!


ピリカグランプリ、今回も楽しませていただきました。
怖いものを書こうとは微塵も思ってなかったのに、文字数と格闘しているうちに流れが変わってしまった、不思議!!
こういう、自分でも思ってなかった着地をする心地はとても楽しいです。
ピリカグランプリ、一緒に楽しみましょう♪





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