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case01-08: 事実

窓の外はますます強くなる雪。
狩尾の話は続く。

「最初に借りた2万円のところは週おきに1万円でジャンプするか、3万円で完済です。次に借りたところは5万円借りて、そこは利息3万円でジャンプできます。完済には9万円必要です。バイトは日払いで貰えるのでジャンプ分はなんとかできてたんですが、最近は娘が体調崩したり、お店もヒマになっちゃってる日も多くて…」

ジャンプという単語まで使うようになったか。
ジャンプというのは金利のみを払って、完済を先延ばしにすることをいう。つまり週ごとに4万ほどで先延ばしを続けていることになる。これでは元金は全く減っていないと見てよいだろう。

昨今の闇金では週で倍というのも珍しくはない。金利は回収率と密接に関係しており、ある程度を逃がしたとしても残りから回収できさえすれば利益は出るようになっている。なので貸し手のスタイルにより金利も完済時のルールもかなり違う。普通の生活をしている方からすれば、異常としか思えないかもしれないがこの金利はそんな中では<良心的>な部類だ。

「あとは?」

酷い状況の人間ほど、自分の状況のひどさを隠してしまうものである。

「あとは…その…
そういう感じじゃなくて借りてる方がいます」
「なにそれ、どういう意味」
「…怒りませんか?」
「今このタイミングで隠すほうがイラっとするわ」

本音である。救えるタイミングであったとしても、隠してしまうことで手遅れになるパターンというものは多い。

「その人もツイッターで見つけたんですけど、その方からは12万円借りてます。月に1回、手渡しで金利のみであれば1万円返すかたちです。なので完済だと13万になります」

額面がそれなりに大きいことに対して金利が安すぎる。この時点で自分はもう狩尾が言いよどんだ理由も、どういう形での貸し借りの関係かも察することが出来た。

「ひととき?」

言いたくなかったが、それとしか思えなかった。
一般的にイメージされる闇金に加えて、違うジャンルも存在する。それが主に男性貸主から女性借主をターゲットにおこなわれる「ひととき融資」というやつだ。金利以上に、ホテルなどでの性的関係を目的とするタイプ、そういう貸し方のことを指す。

<休>という漢字の偏とつくりを分けて読んで<人と木=ヒトトキ>という風になったとかならないとか。映画やドラマの世界ではなく、これは現実に存在している。

「………」

目を伏して無言なんて、肯定しているようなものだ。いつのまにか2本目のタバコは灰皿のうえで灰になり、フィルタの焼けこげる臭いが漂っていた。

身体の関係があるだないだというものだけで右往左往するような青いガキでもない。ただ脳裏をよぎる、得体のしれない黒い影が彼女に覆いかぶさっている姿が少なからず自分を動揺させていた。

「なるほどね」

自分で言っておきながら何が<なるほど>なのか、
ゆっくりと3本目のタバコに火をつける。

おおきく天井に向かって煙を吹きかけながらふと、煙の中に自分がなぜ今日彼女に会う気になったのかを描き出す。初対面時の朗らかさと、意外な頭の良さ、そしてこれまでなかったような彼女のはつらつとした明るい声に救われていたのかもしれない。彼女にどこか惹かれていたのだろう。

「でもよくここまで週4万も払えてたね。夜のバイトってなに」

バイトとはいえ勤務先が増えているのなら当然おさえる必要はある。
彼女が昔も今も<債務者>だと意識に刷り込む。

「今は川崎のヘルス…で働いています」
「……どれ?」

念のためHPの在籍から確認するために店舗と源氏名を聞き調べる。画面をスクロールすると、そこには皮肉にも俺が最も鮮烈に覚えている、初めに出会った時のあどけなさが残る笑顔がこちらに笑いかけていた。

1.週1万、完済3万
2.週3万、完済9万
3.月1万、完済13万

30万弱あれば容易に解決できる額面であったが、それ以上に何かを失ってしまったような喪失感に似た感情というのだろうか…喪失感?いや違う。最初から俺は何も得ていない。喪失であるわけがない。

「明日、午前時間あるか」
「え?あ、はい。うちの子が学校行ったあとの9時くらいからなら」
「じゃあ、その時間くれ。俺が話つける」
「トーアさんが話すんですか?」
「ひとまずそいつらの完済額は、実際話してみないと確定できない。完済の時にケチくさく変な手数料載せるところもある。これまでに遅延したことがあればそこから何か言いだすかもしれない。確定したら俺がいったんその額を貸す」
「え…わ、わかりました!ありがとうございます…」

このままだと潰れるのは目に見えていた。食い合いの中での取りっぱぐれのリスクを考えても、そのほうが手としては良い。考えようによっては週4万の返済が出来ていることは、返済能力としての評価は高いともいえる。

最後に念を押す。

「俺はその3つに話をつける。ただ本来お前が抱えている問題は4つ。そいつらと<俺>だ。今回で3つの問題がもし片付いたとしても俺だけは残ることになる。金利面は多少軽くなるだろうが終わりじゃない。忘れるな」
「わ、わかってます!!」

どこか安堵し、やわらいだ彼女の表情を見ながら脳内で繰り返していた。

<忘れるな>

これは彼女にではなく俺自身に言い聞かせていた。
俺が念を押したのは俺自身にだった。

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