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case01-07: 変化

JR新橋駅、雪が降っていた。

SL広場にはこれから楽しい飲み会なのか、こんな天候にも関わらずたくさんのスーツ姿の集団がいくつも出来上がっている。社会人様は大変なものだ。

その中でひとり、真っ黒のスーツ、真っ黒のコート、真っ黒の傘で狩尾が来るのを待つ。雪がボタボタと傘を打つ音も、周囲の喧騒のひとつひとつもやけにはっきりと耳につく。

ここから少し歩いた場所にちょうどいい喫茶店があるのだが、彼女の不安な足取りを考えると駅近くで待ち合わせが賢明と考えた。降り始めた雪を見ながら、そんな似合わない優しさを後悔しながら待つことにする。

我ながら何をやっているのか。
放っておけばいいのになぜあんな返答をしてしまったのか。

「トーアさん!」
背後から降りかかる<元凶>の声に、周囲の喧騒がふっと静かになるような錯覚に陥る。

こんなスーツの集団だらけの場所で、しかもこの雪の中で傘をさしているのにも拘らず、よくもまぁ見つけられるものだ。なぜかその声に少し安心しつつも、振り返って目に入った狩尾は少し…いやかなり印象が変わっていた。

年末に初めて出会った時には、顔立ちは整ってはいるものの、どこかあか抜けない、少し田舎っぽさを残したあどけない印象を持っていた。

今、目の前にいる狩尾はアイラインも強く描かれ、唇は周囲の明るいネオンに怪しく紅く光っていた。少し漂う甘ったるい香りは、強めにつけられた香水なのだろう。袖の隠れるグレーのコートと黄色のリュックサック、という出会った時と全く変わらぬ服装に対して、その少し痩せて、異物に塗られた笑顔は彼女の変化を何より物語っていた。

「なんだそれ」
「すみません!バイト終わるの遅くなっちゃって!!」

狩尾の変化に対して思わず口に出てしまった只の感想だった。待ち合わせ時間からは10分ほど早く、謝る必要はない。

「いや、いい。ついてきて」
「はーい」

その変化が起こった原因は何となく想像もつくし、話はあとからでもよいのだ。出会った時とは逆に俺が先導する形で歩き始める。ふいにはぐれていないかと不安になり、チラチラと後ろを振り返るとそのたびに笑顔を返される。

(ああ、そういうことか)

最初に出会った時に、彼女が妙に振り返って質問攻めをしていた理由が分かった気がした。恐らく俺がいなくなるのではないかと不安だったのだ。

新橋駅から徒歩5分、よく利用する喫茶店がある。
この駅付近の喫茶店は、場所柄か大抵はどの時間帯でも混雑しているものであるが、ここは作りも広々としており話をするにはちょうど良い。何より喫煙可能だ。

店員から特に尋ねられることもなく喫煙側に通され、雪で濡れた傘を畳みながらいつもの窓側の席へ向かう。

………
……

席についてから10分ほどが経過した。
既にアメリカンは程よい温かさになっており、タバコは1本吸い切った。狩尾のたのんだアイスティも氷がだいぶ解け始めている。

「別にお茶しにきたわけじゃないんだが」

沈黙に耐えきれずに思わず詰めたような言い方になってしまう。伏し目がちの狩尾がビクっと反応すると、さすがにそのまま黙っているわけにもいかないと感じたのだろう、視線は目の前のアイスティからそらさぬまま、少しずつ話し始めた。少し微笑んでいるかのような表情は相変わらずである。

まるで悪戯を怒られる前の子供のようだ。

「…トーアさんから借りて、そのあとはしばらく落ち着いてたんです。時々苦しいときもありましたけど、夜のバイトも始めましたし、このままうまく返済終わるまで頑張れる気がしてました。ただ、娘が体調崩して家にいなきゃいけなかったり…学校の集金とか色んな支払いも重なってしまって、ツイッターで調べて2万円だけ他のひとに借りたんです。」

だいたいこの手の話の場合、「夜のバイト」というのは性風俗絡みである。

2本目のタバコに火をつける。

窓の外は真っ白な雪。
それは繁華街の薄汚いネオンで極彩色で塗られ、ますます強くなっていた。

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