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case01-05: 過去

最初から感じる妙な明るさ、そして具体的に貸付を始めてからも手慣れた質疑の様子。違和感を感じるには充分だった。

「あんた、こういう貸し借りの経験があんの?」
「あれ?言ってませんでした?実はあるんです」

聞いた覚えはない。まぁいい。

「なんでそいつに借りないの」
こういった得体のしれない相手に借りるとなった場合、ハードルは一番最初なのだ。見ず知らずの人間に会うということだけでストレスは大きいはずだ。なぜだ?

「もう2年くらい前ですし連絡先もわかんなくなっちゃって。あとその…写真とか動画とか送るのとかがちょっと嫌で…もちろんあの時は困ってましたし、感謝はしてるんですけれど、トーアさんはラインでそういうのはしないっておっしゃってましたし、出来ればない方がいいなって」

「あーはいはい」
回りくどい言い方だが話は分かる。

これは例えば、遠方へ振込による貸付をする場合によくある話である。女性であるからというわけではない。男性であっても自身で書かせた借用書を持たせて、裸で写真や動画をとって送れという話はあるのだ。

ただこれが、女性であれば更に嫌であるだろうことは容易に想像がつく。どこでどう出回るかも分かったものではないし、むしろそれで借りられただけラッキーというレベルである。送らせただけで実際は借りられないなんて話をもう何度聞いたか分からない。

「ま、大変だったね」
よくある話だ。珍しくもない。

本来は相手が理解できない状態から始まるために、かなり時間をかけて説明するのだが今回はトントンと話が進む。返済計画が立ってしまえばあとは手続き的な意味合いの方が強く、時間のかかる工程はない。

「色々持ってきてもらったはずだが見せて」
「あ、はい」

黄色いリュックサックの中から、ファイルや封筒がゴソゴソと取り出され、順々にテーブルに広げられる。

過去に経験があるからであろう。要所は抑えている書類たちが、まるでジグソーパズルのようにピッタリと並べられていく。その中の1ピース、運転免許証をみて驚く。

「狩尾 明代(かりお あきよ)…31歳?」
「はい!」

31歳とは驚きだった。

小柄なことや顔立ちや口調から20代半ば?くらいを想像していた。少しメガネのズレを直しながら、念のため免許証の生年月日を再確認しても間違いはない。いや、むしろ免許証の写真だけ見ればはさらに幼く、ロングにした髪の毛はやや茶色。女子高校生にも見えた。

「どうです?若いでしょ!」

あからさまに同意を求める言葉に、素直に肯定するのも少し悔しく「まぁそうね」とギリギリ許容できるラインの回答をする。嬉しそうな顔をするんじゃない。

最後に借用書を書いてもらい、連絡時の諸注意で完了である。

「1週間前、前日、当日に連絡をする。何かしらリアクションはしてくれ。もちろん自分で作った返済計画を守るのが当たり前だが、当日になってすみませんは絶対に無しだ」
「わかりました!もっと連絡してくれてもいいですよ!」

冗談じゃない。他に何人こっちが抱えてると思ってんだ。と思いつつもまた同じく「まぁそうね」ではぐらかす。今度は少し不服そうである。

ここまでで、まだカラオケボックスの終了前電話もきていないのだから、40分かそこらで終わったことになる。返済計画に関してかなり手早く終わってしまったため想定よりも余裕をもって全ての工程が完了したようだ。

パソコンをさっさと片付け始めると

「トーアさん!もう出るんですか?」

こいつ、歌う気じゃないだろうな。

「終わったんだから出るぞ」

入口のドアを開け退室を促す。この無言のしょぼくれた残念そうな顔は、本気で歌う気だったのだろう。渋々とテーブルの上の残書類を丁寧にリュックサックに戻し、トボトボと部屋を出る。子供か、こいつは。

会計を済ませ、また寒さの突き刺さる大井町に逆戻りである。
ビルの前で彼女はこちらをふと上目遣いに見上げると、もうその表情はすでに最初の明るさを取り戻していた。切り替えも早い。

「トーアさん、ありがとうございました!」
「はい、じゃあまたね」

彼女はくるっと回れ右をすると、はねるように街中に消えていった。小さな彼女が喧騒と活気にあふれた金曜夜の人混みに紛れるのはあっという間だ。

「またね、か」

大抵は対面で貸付してからは順調に終わりさえすれば、二度と会うことはない。その危なっかしい足どりを記憶にとどめようと彼女の後ろ姿を見送る。

そう、もう二度と会うこともない。

はずだった。

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