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case01-04: 懸念

「わーひろーい!」

後ろの素っ頓狂な声を無視して薄暗いカラオケボックスのドアを開ける。手早く光量をMAXにし、流行りの曲のBGMをOFFにする。

恐らく6人程度で使う想定なのだろう。少し古めかしい室内は2人で使うには多少寂しさを感じるほどゆったりとした広さをもっていた。対面形式で座るように目線で促した後、中央のテーブルにノートパソコンを置き電源をつける。

明るい静かなカラオケボックスに、ちょこんと座る男女。外から覗けば奇妙な光景であることは間違いない。

「さて、はじめまして」

いつもこの言葉からだ。自分の中のルーティンが決まっており、パソコンの起動音と同時にこの挨拶から入る。これまで何度繰り返してきたか分からない挨拶だが、いつからか違うモードに切り替える合図みたいなものになっていた。一方、女は全く先ほどと変わらぬ、少し微笑んだ仮面をつけ続けている。

貸付にあたってのステップは4つ
①返済計画と金利
②個人情報の提示
③金銭消費貸借契約の締結/お渡し
④諸注意/事務事項

これがひとつでもずれてしまうとフェアじゃない。お互いが納得したうえで貸し借りを成立させるためには、この順番以外はありえないと今でも考えている。①で納得いかなければ互いに素性も分からないまま帰れ、ということだ。

俺のような対面型で貸すスタイルではなく、振込型の闇金でよくあるのが<審査>と称して②を聞けるだけ聞き出した後に、①を説明するような形だ。

これをやられるともうほぼ、どんな金利でも借りざるを得ない。あとから週で元金の倍になるほどの金利を説明され、キャンセルしようとすると「もうあんたの情報こっちは全部知ってんだよ」という流れでカタにはめられる。仮に断ったとしても<キャンセル料>としてやられる可能性もある。

そういうフェアじゃないことはしない、かつ完済をちゃんと見える形で計画するのを俺なりのルールとしていた。

パソコンの画面を二人で覗き込む。

「おおーこれで決めていくんですね!」
「とりあえず説明する」

独自の計算式の入った表計算ソフトを使った画面が立ち上がる。まさか昔の経験がこんなところで生きるだなんて、当時は思ってもみなかった。

ひとつひとつ行や列、項目の説明しながら貸付額、金利、返済日などを埋めていくと不意に

「トーアさんこれ自分で作ったんですか?」
「そうだが」
「すごーい!私、機械とか苦手で〜」

綺麗な髪を薬指で耳にかける。妙に色っぽさを感じる動きで乗り出すように顔を近づけられそうになり、一瞬ドキッとする。しかし、これ以上長々と話が始まってしまうとどこまで付き合わされるか分かったものではない。遮るように話を元に戻す。

「いつを返済日とするか。給料日を設定することが多いんだが、25日か?」
「はい!ちなみに前倒しとか遅れた場合はどうなります?」

意外だった。
この時点で女が頭がなかなか良く、はじめの印象とは全く異なる冷静さを持っていることに気づく。大抵はこういった非日常の状況ではなかなか頭に説明が入ってこないものなのだ。そのため返事も「はい」ばかりになってしまい、いざ返済日で「聞いていない」という連中も少なくない。

ただこの女は返済日の説明の中で前倒し、金額変更、遅延時の話をいきなり飛び込ませてきたのだ。

「返済は銀行振込ですか?」
「額面変更の際はどういうタイミングで連絡すればよいですか?」
「遅延時の延滞の計算方法はありますか?」

危うく会話の主導権を握られそうになってしまう。面白い女だと思うと同時に、ひとつの懸念が生まれる。

慣れすぎなんだよ。

彼女の笑顔の仮面が少しズレた気がした。

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