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case01-09: 共闘

翌日の朝、快晴にもかかわらず寝起きは最悪だった。理由は昨晩、ひとりで似合わないことに飲んでしまったことだけではないのだろう。マッカランなんて、がぶ飲みする酒じゃないのは流石に分かっている。

酒臭い溜息に顔をしかめながら起き上がると、まずはエサ皿にカラカラとキャットフードを入れる。ソファの奥からトコトコと、この時に限っては愛想よく歩み寄ってくる。かわいい黒猫である。

(債務者じゃあるまいし、こういう時だけほんとに調子がいい…)

この発想になっているのはもはや病気に近いんじゃないだろうか。ひとしきりエサを食べ終わると、こっちの気持ちを知ってか知らずか、とぼけた顔で「にゃあ」と鳴く。

ほとんど空っぽの冷蔵庫から缶コーヒーを1本一気に飲み干し、いつものスーツに着替えると誰に言うとでもなく

「いってきます」

応える人はもういないけど。

待ち合わせ場所はまた大井町である。
基本的に闇金は表に出てくるものではない。受け子でも雇っていれば別だが今回は振込返済型なのでまずないだろう。出てきてもトカゲの尻尾だけであるし、そこをどうこうしても意味はない。そもそも闇金を潰す正義の味方がしたいのではなく、電話で交渉し、穏便に終わらせられればそれで100点満点といっていい。

今回は通話が多くなる関係上、ファミレスや喫茶店などでは難しく…我々が導き出した結論は…まさかの2度目のカラオケボックスであった。

歩道脇に積もった雪の山。眩しい照り返しが昨日の雪の激しさと今日の天気を物語る。懐かしさを覚えつつ古ぼけたビルに近づくと、もうエレベータ付近には狩尾が立っていた。

待ち合わせ時間からは30分以上前である。雪で照りかえった光が彼女の顔にあたり、一瞬写真のように時間がとまった感覚に襲われた。

「…あ!おはようございます」
「はやいな」

かけられた声にはっとし、とことこと寄ってくる狩尾を見ると…朝の光景を思い出す。猫かお前は。

同じグレーの袖の長いコート、黄色いリュックサックのスタイルに、今日は最初にあった時と同じような化粧に既視感を覚えつつ、二日酔いの自分を鼓舞するように言うと、エレベータに向かう。

………
……



階を上がるやいなや、狩尾が手慣れた様子で受付を済ませると、今回は少し狭めのカラオケボックスに入る。最大で入れても4人程度であろうか。L字型のソファの各直線にあたる場所にそれぞれ座る。

「さて、と」

鞄の中から100円均一で買ったイヤホンと、ノートとボールペン2本を取り出しテーブルのうえに置く。

「いいか、これから事情を聞いた旦那というフリをして電話をかける。俺が話すだけだが、会話の内容だけは聞いておけ。あらかた事情は話してくれたとは思うがもしあちらが何か想定外の話をふってきたり、話漏れていることが出てきた場合は合図するからここに書け。いいな。」
「わ、わかりました」

イヤホンジャックにイヤホンを入れ、片耳ずつにつける。顔が近い。Y字型になっている箇所を限界まで割き、距離をとる。

「ふぅ…」

多少酒臭さは抜けただろうか。一息ついてから登録された電話番号を表示し通話ボタンを押す。さ、ひとつめだ。

(プルルルルル、プルルルルル)

「はい、もしもーし」

若い男の声である。そして名乗らない。後ろではガヤガヤと他の電話をしている声、着信音が複数響いている。間違いなく闇金業者だ。

「おはようございます、狩尾の夫ですが」
「……あー、狩尾さんのところの」
「すみません、うちのがご迷惑かけているようで」

まずは相手の出方を見る。いきなり本題に入ってもうまくいくわけがない。実際こいつらの正体も分からないうえに、そもそもまだ彼女が本当のことを言った確証もないのだ。3秒ほどの間があっただろうか。

「いやー奥さんにお金かしているんですがなかなか返してくれなくてねー」

まぁ、そうだろう。

「大まかな事情は聞いています。おいくらほど借りているのでしょうか」
「それはまぁ奥さんと話していただけると分かるかと思いますのでー」

これも明言はしない。こういったところは実際貸した額や、もちろん金利も言わないところは多い。録音への警戒だろう。うん、俺も気持ちは分かるよ。

「妻から聞いています。いついくら貸したとか借りただとかは置いといて、今日3万で完済だと聞いてますよ。俺もだいぶ昔だけど同じようなとこに借りたことあるから何となく事情は分かる。合ってる?」
「・・・」
「こっちもまともなところに借りられるような状態じゃねぇし、おたくみたいなところに借りたうちのバカにも責任はある。そういう話で合ってるなら今日サクッと振り込んで終わらせたいのよね。完済ブロックされても困るから何ならそこに持参してもいい。あ、でもあんまりウチのと食い違うこと言われるとこっちも困っちゃうからさ。俺もあんたもお互いオオゴトにするのは得しないでしょ?」
「・・・」

話し方も、畳みかけるようにしているのもわざとである。彼ら相手に<聞いて>しまってはいけない。話し続ける。結局は彼らの飯のタネは<負い目>なのだ。そこを見せるような態度と口調ではいけない。そして怖がってもいけない。歩み寄りながら無理やりでも対等に接するのだ。

片手でタバコを咥え、テーブルのライターを手に取ろうとすると狩尾がさっと火をつける。どこかのドラマで見た、手術中の医者と看護婦のようだなぁと緊張感のないことを考えていた。

オペはまだまだ序盤である。

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