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case01-01: 接触

(……またやってしまった…)

深夜の電車で寝過ごすのはこれで何度目だろう。
JR津田沼駅に着いた時、すでに日付が変わっていた。

12月も半ばとなり、寒さも本腰を入れてきた季節。蒸し暑い熱気を吐き出す空調に追い出されるように電車を出ると、途端に寒さが突き刺さる。これだから冬は嫌いなんだよ。

(タバコ吸いてぇなぁ…)

足早に改札を抜けると、暗いビルのガラスに映る自分と目が合う。伸ばしっぱなしの白髪混じりの髪、首元までしっかり着込んだ真っ黒なコート、痩せ細ったシルエットはまるで某漫画の無免許スーパードクターだ。

<無免許>という単語に苦笑いする。

こんな寒い日にわざわざ並んでタクシーを捕まえるなんて御免だ。タバコをくわえたまま携帯を取り出し、タクシー乗り場の長蛇の列を尻目にしばらく近場のホテルを探していると、メール通知にいつもの文章が見えた。

「ご融資の件はこちらのアドレスでよいでしょうか」

それが彼女の最初の言葉だった。寒さと眠気で決して機嫌は良くなかったがタイミングに良いも悪いもない。だいたい何だって始まりはこんなものだ。

タバコに火をつけ、目にかかる紫煙から顔を背けながら、いつも通り機械的に質問内容を返信する。

いつまでに?
いくら必要なのか?
どういった事情なのか?

こんな生活を続けて何年になるだろう。大体の話の流れや想定問答は頭の中に入っている。やりとりの中で相手の緊張をほぐしつつ、相手が何を一番恐れているか、つまり何をしてほしくないかを徐々に探っていく。

本当に貸すことになり、そして不幸なことに遅延や不足などが起こった場合、この最初のやりとりの中に回収のヒントが隠れていたりするのだ。

そう、<いつもの希望者>のひとり。

軽く事情を聞いてみると、相手は介護職をしながらご主人に隠している借金(一般の消費者金融)を返済している31歳の女性。そもそもの借金の理由はご主人が職を転々として安定せず、小学生の娘を抱えながらの生活費の工面等でやむなく。

要は10万、近々で借りたいとのこと。

こんなメールのやりとりの中で
・家族がいる
・娘が小学生
・希望10万
・<配偶者への発覚を何より恐れている>
この程度しか頭にいれるべき情報はない。

形式上は様々なことを訊きはするし、事情に対して同情や優しい言葉をかけることもあるが、本当の借金額も収入も理由もさほど問題ではない。

人間は守るものがなければ簡単に全て放り出して逃げられるし、守るものがあれば何だってできるもんだ。そもそもどの情報も確認するには限界があり、嘘だっていくらでもつける。泣いて頼み込んできた奴が、借りたその足でパチンコ屋に行くことだって珍しくもない。

そんな中で<家族の中に小学生~高校生がいる>は容易に住民票などで確認できる内容でありポイントが高かった。幼稚園や保育園は比較的簡単に変えることが出来ても、それ以上となると現実的に変えることは難しい。<変えられないもの>が多ければ多いほど逃げづらい。

(また今日も寝不足だな…)

いつの間にかフィルタまで焦げてしまったタバコの臭いを感じながら、明日もまた寝過ごす自分を想像していた。

後悔するのはもう少し先の話である。

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