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case01-21 :覚悟

「え、なに、なんで」
混乱する狩尾の顔を見ながらドアに手をかける。
「探したよ狩尾さん、また面白いところにいるんだね」

グレーのパジャマ姿の狩尾が、思わず後ろを振り向き彼氏を確認する。

少し大きな声をあげれば届いてしまう程度の広さ…ワンルームに毛が生えた程度というところか。玄関から延びる廊下からリビングへ繋がる扉は閉まっており、中からは何かのバラエティ番組から流れてくる下卑た笑い声が漏れている。

「え、なんで?ここ?」
「だってあんた返済してないでしょ」
「だからってなんですか突然、ちゃんと返しますから」
「ちゃんとって何?ちゃんとって期日通り耳そろえて返すことじゃないの」
「連絡できなかったのはすみません」
「正しく日本語使えよ。連絡できなかったじゃなくて"しなかった"だろう?」
「…すみません」
「それで」

狩尾はみるみる顔を白く…いや青くしながら俯いている。リビングからは相変わらずの下品な笑い声が流れてくる。

「とりあえずここだとちゃんと話せないので…」
俺の身体を押すように外に出ようとする。

「なんで出るの?さっさとここで話終わらせたいんだが」
「いえ、そのここだとちょっと」

訳すと<ここだとちょっと彼氏に聞かれてしまって都合が悪い>ということだろう。

ドアを外側にガンッと蹴飛ばす。ノブを握っていた狩尾の身体が、ちょうど銃口を突き付けられてホールドアップしたかのような体勢で固まる。
「ここ"だから"話せることだってあるだろう?」

すると奥から声がした。
「アキー、どうしたの?」
ただの宅急便か何かだと思ったのだろう。リビングから彼氏?と思しき青年が現れた。少し茶色に髪を染め、身長は170cm前後の痩せ型。なかなかの好青年に見える。

狩尾はハッと振り向くと言葉にならない言葉を発しながら、酸素の足りなくなった魚のように口をパクパクと動かしていた。

「アキ、誰?この人」
「・・・」

完全にパニック状態になっているのだろう。
狩尾の視線は目まぐるしく動き、フルスロットルで脳が活動しているさまが見て取れる。本人の頭はこの場を取り繕う言い訳と、<なんでこんなことに>が交互に塗り替わっているのかもしれない。

「夜分に失礼します、藤嶋と申します。狩尾さん、この方は?」
「・・・」
狩尾は答えない。

「俺はアキと…いや狩尾さんとお付き合いさせていただいている今井といいます」
俺と狩尾の間に、自分の体を盾にするかのように割って入る。狩尾はひとまず今井の後ろに避難したような形だ。

「ああ、そうなんですね。すみません遅くに」
「アキの知り合いですか?どうしたんですか?」
「いえ、この件は私と狩尾さんの間の話ですので。"関係"のない今井さんはご遠慮願えますか」
「でもなんかちょっと普通じゃない感じですし、関係なくはないですよ。付き合ってますから」

言葉の重みを知らない好青年だ。じっと彼の目の奥を見る。

「そうですか。じゃあ今井さん、この件に"関係"する気があるんですね」
「…え?」

彼の両肩にポンと手を乗せる。
「ねぇ、今井さんさ。」

両肩から首筋に手がかかるかかからないかのところで手を止める。
「この件に"関係"してくれるのかな?"関係"してくれるんだよね?」

今井の後ろで狩尾はもう倒れるのではないかというくらい目は虚ろになっていた。

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