マガジンのカバー画像

黒猫と金貸し 01

24
運営しているクリエイター

#裏社会

case01-14 :要求

case01-14 :要求

「上川さんさ、提案があるんだよ」
「・・・はい」

タバコが吸えないから苛立っていたというわけではない。

「お互いこの状況で話してても平行線だろう?俺が身分証出せと言ってもだせないし、それに代わる案もあんたは出せそうもないし」

実際この状況で既に1時間以上は経過し、その間何かを俺が話すたびに上川の顔色は紅く青くと忙しく繰り返していた。狩尾は下を俯いた状態で沈黙を保っている。寝てるのかと途中疑っ

もっとみる
case01-15 :食事

case01-15 :食事

確かに今日は何も食べていなかった。

しかし俺はそもそも基本的に1日1食、もしくは3日2食程度の食事量というエコ生活なのだ。あまり空腹も感じてもいなかったが、お言葉に甘えて<俺の金で奢られる>という不思議な話が始まった。

「西船橋やけに詳しいな」

狩尾は都内でも西側だ。西船橋という駅を使うことはあまり考えられなく不思議に思い、言いかけたところで口をつぐむ。上川に呼び出されたことがあるのかもし

もっとみる
case01-16 :暗転

case01-16 :暗転

3月、日差しも暖かくなり過ごしやすい日も出はじめ、狩尾とも次第にとりとめのないくだけた会話が増えていた。

貸してる側・借りてる側の関係ではあるものの、狩尾に限らず返済日に至るまでは可能な限りは<普通の対応>を心掛けている。相手が人ということを忘れてしまうとどこまでしてしまうか分からない。

『今日は動物園いってきましたよ!』
『昨日きたお客さんが嫌で嫌で…もう出勤したくないです…』
『トーアさん

もっとみる
case01-17 :訪問

case01-17 :訪問

新川崎駅。19時。

川崎駅はかなり発展した印象が強いが、新川崎となると雰囲気がだいぶ違う。寺や神社、住宅街が広がるいわゆる何の変哲もない街だ。ちょうど武蔵小杉での貸付予定が済んだ後、その足で新川崎に向かったのだった。

結局、返済日である25日が過ぎた後、狩尾から連絡は来ないままだった。経験上だいたい3日以内に連絡が来ない場合は、ほぼ逃げたと思って間違いない。今の時代、コンビニだろうが何だろ

もっとみる
case01-18 :家庭

case01-18 :家庭

「狩尾はわたしですが」
「…は?」

一瞬何を言っているのか分からなかった。軽く30歳ほど老けてしまったのか?いやまさかそんなわけがない。

「狩尾明代さん?」
初老の女性はふっと目を伏せると
「…もしかしてまたあの子は何かしたんですか」
と答えた。

なるほど、<母親>か。一瞬混乱してしまったがそう見るのが普通だ。恐らく狩尾の子供であろう女の子は狩尾の母親の斜め後ろに下がり、どこか冷めた目

もっとみる
case01-19 :発見

case01-19 :発見

狩尾の家を後にする。

かなりの時間、狩尾の母の愚痴に費やされはした。その中で聞き出せた有益な内容としては、月に数回週末こどもに会いに来ていることからそれほど親子関係は悪くない程度であった。狩尾からこどもへは一定の愛情があるように感じる。

しかしそれを見込んで毎週末家を張り込むことも現実的に難しいし、失うコストも大きすぎる。

ただ狩尾が現れる可能性が高い日を選ぶのは容易だった。今は

もっとみる
case01-20 :確保

case01-20 :確保

着いた駅は、最初に出会った大井町駅であった。
なるほど、ここに別宅があるのか。

初めて会った際は、お互いのアクセスの関係で大井町になったと考えていた。実際は単純に別宅の近くだったということだ。

東口を抜けたあと、狩尾は迷いなくスタスタと歩いていった。紺色のスーツにヒールを履いた始業式用の後ろ姿は、ちょっとしたOL風にも見える。時間にして15分程度だろうか。既に位置関係としては青物横丁駅に近い場

もっとみる
case01-21 :覚悟

case01-21 :覚悟

「え、なに、なんで」
混乱する狩尾の顔を見ながらドアに手をかける。
「探したよ狩尾さん、また面白いところにいるんだね」

グレーのパジャマ姿の狩尾が、思わず後ろを振り向き彼氏を確認する。

少し大きな声をあげれば届いてしまう程度の広さ…ワンルームに毛が生えた程度というところか。玄関から延びる廊下からリビングへ繋がる扉は閉まっており、中からは何かのバラエティ番組から流れてくる下卑た笑い声が漏れている

もっとみる
case01-22 :幸福

case01-22 :幸福

「そ、そんなこと言われても事情が分かりませんし関係のしようがないですよ!」
今井が俺が肩に置いた手を、身をよじるように振りほどき声をあげる。

「狩尾さん、今井さんの言うことはもっともなんだが俺から説明するか?」
俺は狩尾が今井に対してどう自分の家のことを説明しているかも知らない。まずはそれを含めて承諾を得るかのように狩尾に預けてみることにした。

「…え?私?えっと、その…」

ここで察する。今

もっとみる
case01-23 : 黒猫

case01-23 : 黒猫

5月になっていた。

狩尾と出会った冬からもう既に暖かな季節に移り替わり、木々は青々とした葉を揺らしていた。

狩尾の別宅を訪れた翌日、約束された額が振り込まれていた。もう狩尾がどういう生活をしているのかも分からない。

ただ、狩尾の母親とはなぜか身の上話を聞くような関係になっていた。身近に話せる相手がいないのだろう。俺も何故か話を聞いていた。

「そうそう!藤嶋さん、来週えりが誕生日なんです

もっとみる