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文字と言葉

 洞窟の中に描かれた馬の絵を指さして、誰かが「ウマ」というような音を口から発した。隣にいた人はその音を真似て「ウマ」と言った。その時その絵は馬を意味する記号になった。「ウマ」という発音が付けられた。

 文字はある種の絵記号あるいは音を表す発音記号のようなもの。人の口から発せられる音がその記号に結びつけられた時から、その記号は意味を持ち、意味が独り歩きするようになった。その記号のことを人は文字と呼ぶようになった。
 それは音から文字へのモーダルシフトが起きた瞬間だ。
 それ以来人類は文字を、発音を記録するものとして扱って来た。言わば言葉版の音符のようなものだ。
 ひとたび口から発せられた音が絵(記号)と結び付けられると、他の音も次々と絵になっていき、絵を見ただけで音が連想されるようになった。 
 馬という文字は草原を疾走する馬そのものになって人々の脳内を駆け巡るようになった。
 
 文字を語るとき、口から発せられる音と切り離すことは出来ない。音こそが言葉であり、人を動かす源になる。音を聞いたとき私達の脳内では、それが言葉であれば他の音を聴いたときとは別の処理が行われる。そして、文字を見たとき、その時は言葉を聴いたときと同じような処理が脳内で行われる。

 発音された言葉の音を言葉として認識するためには、音楽と同じく音の並びを把握していなければならない。「トライ・プラン」を聞いた時、ト、ラ、イ、プ、ラ、ン、という順番通りに受け止めることが出来ないといけない。順番を間違うと別の意味になってしまう(ランプ・ライトなど)。
 音の順番が意味になるという仕組は、聞いた順番を覚えている能力を要求し、このような、順番に物事が起こってその間に関係性があるという仕組みこそが時間という概念に繋がる。
 言葉(音)の順番把握以外にも、人間はもう少し長い言葉の連なりの持つ意味、つまり文脈から次の音を予測することができる。それは音楽のコード進行パターンを知っていて次のメロディラインを予測するのと似ている。
 
 次に来る言葉の予測をするというような人間の言葉の把握の仕方は、慣用句、イデオム、文法、ことわざ、四字熟語などといった形でも知られているが、言葉の並びは日常の会話の中で日々変化し続けてている。そのことは言葉を構成する音についてもそうだ。そして言葉の持つ意味も少しずつ変化し続けている。
 それでも今という一瞬を切り取るとしたら、予測可能性はある程度定まる。
 ここで言う「次に来る言葉」は文字にも当てはまる。この文字の次にはこんな文字が来ると予測しながら私達は文字を読んでいる。

 こうした原理を応用しているのが、大規模言語モデルを利用した生成AIだ。
 言葉が音のままではなく文字になったからこそ実現出来た技術であるからして、私たちはまず、文字の発明に想いを向けるのも良いだろう。

おわり
 
 

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