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フランスの若者と哲学との距離感

北野先生の記事をまた継承しながら、フランスの若者と哲学の距離感を話したいと思います。

フランス人と哲学との距離感は、日本での哲学のイメージからは想像できないほど近いと思います。専門書を取り扱うような堅い本屋だけではなく、フランスは一般的な本屋でも哲学書は充実しています。

日本ではかなりマッドな本屋に行かないとお目にかかれないと思われる哲学書が、フランスでは気軽に漫画がどさっと積まれている子どもが訪れる本屋に並んでいます。例えば、モーリス・メルロー=ポンティの"知覚の現象学"、ジャック・ラカンの"エクリ"、ミシェル・フコの"監獄の誕生"、比較的最近のもので言うと、ピエール・ブルデューの"ディスタンクシオン"、とかを挙げればマニアックさは伝わると思います。ジャン=ジャック・ルソーみたいな有名過ぎるものは、本屋にあって当然です。

上の記事の中で北野先生が言及されているように、フランスでは特に中等教育で哲学を勉強する機会があると思います。人文科学系、自然科学系、どちらを通っても哲学の試験があります。職業訓練系のルートに行く学生以外は、哲学の勉強を回避できないと思います。


せっかくだし、いくつか哲学試験の例題を引用しましょう。

これは、16-19歳向けの試験問題です。

国家がなければ、人々はより自由になるか?

現代思想における、国民国家を克服した先にある世界観について論じることを求められる問いかな。EUというフレームと絡めても、論じやすいと思います。


技術革新は、我々の自由を窮地に追い込んだか?

この問いは、GAFAなどにみられる一部の富裕層による富の独占と、自由への影響について組み合わせて論じることを求められるでしょう。


言語は思考を裏切るか?

言語化される以前に思考は在るわけです。哲学で言えば、プラグマティズムは理詰めて考えると誤っているよね。機能主義のエラーつまり、純粋経験があるじゃないか、ということ。じゃあ、"純粋経験と言語化→言語の間"にはどういうずれがあるのかな、ということを論じるといいんじゃないかな。つまり、"君を愛している"と僕が言ったとして、僕の意識全てをその言葉が内包しうるわけではないということ。というか、ソシュールのシニフィアンとシニフィエの関係から論じるほうが、フランス的王道でいいかな。こういうのくどいから直接書きなさい、ってフランスの先生からよく言われるんだけど、アメリカの教育が軸に合って、付け足しででヨーロッパの思考をくっつくている。だから思考の筋道がアメリカ→ヨーロッパ、になっちゃうんだよね。


芸術は、万人にとり楽しめる必要があるか?

全てのアートは幸福から生まれるわけではないのに、なぜ人を幸福にしなければならないの?または、どうしてできるの?って、ところから攻めていけば簡単でしょう。


このフランスの哲学試験において大事なことは、単なる知識を示すことよりも、問いに対する解答を全体像のアーギュメンテーション(リーズニング・プロセス)として過去の文献との関係の中で論じ切ることです。散発的に示す知識はあまり意味がなく、きちんと系統立てて繋がりを持った論として記述しきることが求められます。するとそういう時に、漫画版の哲学書で概略を掴み終えていると、あとは文法と修辞法の技術になってくるから、かなり試験が楽だと思うんですよね。

僕は、日本でよくみられる問題の根本をないがしろにした後付け修正主義は、哲学の不在から起こっていると思っています。哲学とは問題を批判し修正する技術の一つでもあるわけです。哲学の不在の例は、日本のダイエットとかがわかりやすい。リンゴが良い、水をたくさん飲むと良い、サプリを取りなさい、早足で歩くと良い、などなど付け足しで問題解決をしようとするのが、日本では一般的。その反動が、断捨離などに代表される思考停止の切り詰め術。考えなしの足し算、考えなしの引き算、それはどちらも考えなしであることに変わりはないんです。でも、検討しなければいけない点は考え込んで解決するしかないわけです。


つまり、自由論で例えるとこういうことになります。

問題:
性差における不自由

足し算:
女性専用車両、飲み屋のレディースデー、ホテルの女性向けプラン、レストランの女子会歓迎、映画館の女性向けサービス

結果:
目先の満足で、問題事態はうやむやになる。女性の場合は特に多数派が満足していれば、少数派の意見は潰れる。


だけど、それじゃだめなんですよね。知性がある人間の方が少数派だし、そういった人が社会を作っていかないと平等や正義というのは達成もその維持も難しいものです。

なぜ自由が良い、あるいは自由は悪い、そういうものを同調圧力に基づく見せかけの合意から意見を言わせるのではなく、きちんと理性的に説明できる子どもたちを育てていかなければならないのだと思います。


人間心理でわかる新しい教養
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スピリチュアルリーダー。理学修士(フローニンゲン大学大学院)、IQ136、バイリンガル、16分析の開発者。ウェブサイトはこっち → https://www.theodorex.org/

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コメント (6)
日本の教育は、仕組みとしては発展途上国時代のままで先進国の水準ではないと思います。日本はたくさんお金をためたから先進国の仲間に入れてもらえただけで、頭の良さや文化力の高さを認められたわけではありません。だけど、哲学を学んでいないから誰もそれに気づかないんです。だけど、知ったところで不幸になってしまうし、知らない方がいいのかもしれません。
ああ、やっぱりそうですよね。物作りでビジネスを成功させて、ここからどう戦うかです。でも正直厳しいと感じてます。今はネットサロンがあるので、情報収集できて、少しお金のある親であれば、その子どもも少しは違うと思いますが。それもきっと一部の人だけでしょうね。日本の教育はお粗末だともうそろそろ気づいて欲しいのにと思ってます。そして、今の20才くらいの若い人々は、私の20才の時よりかなりエコノミックアニマルです。それも気づいてません。人のための社会を創ることは出来ないかもしれないですね。ここまで多くの人が暴力とセックスの商売に安易に関わってる事も正直異常だと思ってます。気づいてない人が多いのでしょうね。何をやってもなんだか知らないけど満たされない人々がさらに増えるでしょうね。もっと王道で戦えるようになって欲しいです。
おそらくは、そのお金や物質に固執しすぎる性質が、日本がお金持ちになった後、うまくかじ取りができていない原因の一つなのだと思います。例えば、スマートフォンを動かすOSは目に見えない理屈で出来たソフトウエアの働きです。だけど、目先に追われると、目に見えない仕組みを考える力がどんどん失われます。精神的に満たされないというのも、物質とか目に見えるところを追いかけ過ぎるからだと思います。その反動が、おかしな宗教の登場とかなんだと思います。
目に見えない物に弱い。本当にそうだと思います。だから愛を考える人よりフェティシズムがたくさんいるのでしょうね。無知からくる困難ならば学べば乗り越えていけそうなのに……とても考えさせられました、ありがとうございます!
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