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不条理短篇小説

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現世に蔓延る号泣至上主義に対する耳毛レベルのささやかな反抗――。
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2020年7月の記事一覧

短篇小説「AでもないBでもない」

短篇小説「AでもないBでもない」

 背が高くも低くもない、特に男っぽいわけでも女っぽいわけでもない男が、お昼すぎとも夕食前とも言えない時間帯に、定食屋にもレストランにも見えない飲食店で、昼定食でもランチでもない何かを食べていた。男のほかに客はいなかった。

 男が店に入ってきた瞬間、店主でも店員でもない女は、この男のことが妙に気になった。男の姿が、サラリーマンにも工場労働者にも水商売にも無職にも見えなかったからだ。

 この店はオ

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短篇小説「逆接族」

短篇小説「逆接族」

 つい先日、関東地方にいわゆる「火球」が落下したのは記憶に新しい。だがそれはもちろん、一般市民の混乱を防ぐために画策された、為政者サイドによる隠蔽工作に過ぎない。実際には皆さんご期待のとおり、そのとき未確認飛行物体が地球上に着陸したのである。

 落下直後、現場へ私のような言語学者が呼び出されたのが何よりの証拠だろう。つまり未確認飛行物体には言語を操る何者かが搭乗していること、そしてその相手が地球

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短篇小説「誰得師匠」

短篇小説「誰得師匠」

 今日も劇場の楽屋は誰得師匠のおかげでてんやわんやである。楽屋口から出たり入ったりしながら、トイレへ行った一瞬の隙に連れてきた鳩がいなくなったと誰得師匠が騒いでいる。担当の新人マネージャーを呼びつけては鳩の生態を語って聴かせ、劇場の女性スタッフを捕まえては鳩の餌代がいかに高くつくかを熱弁する。

 三十分ほどスタッフ総出で探索させたのち、楽屋でのんびり煙草を吹かしている誰得師匠にマネージャーがおそ

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短篇小説「自転車通学者の恋」

短篇小説「自転車通学者の恋」

 純介は高校時代、男子校へ自転車で通っていた。おかげで彼はひとりの女子ともつきあうことができなかった。

 だがそれはけっして、貴重な青春期の行き先が男の園だったからではない。純介は、すべては自転車通学のせいだと思っている。自転車通学という手段は、即刻廃止すべきだとすら考えている。自分が動き続けている限り、恋など生まれようがないからだ。恋とは、どうやら止まった場所からしか発生しないものらしい。

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ショートショート「課金村」

ショートショート「課金村」

 この村ではなにもかもが無料である。一見そのように見える。本当にそうなのかもしれない。本当はそうなのかもしれない。ということは、そうじゃないのかもしれない。

 朝から公園を散歩していた私は、喉が渇いてきたので自販機でジュースを購入しようと考える。ここでつい「購入」などと言ってしまうのは、前時代的な貨幣経済に毒された旧人類たる私の悪い癖だ。

 ここではなにもかもが当たり前のように無料であり、自販

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短篇小説「連&動」

短篇小説「連&動」

 膝五郎が街でたい焼きを食べ歩いている。いや正確には究極のたい焼きを求めて何軒もまわっているというわけではなく、単に歩きながら手近な一匹を食べているだけなので「歩き食べている」と言ったほうがいい。日本語の複合動詞では、後に来る動詞のほうが主役になるという法則があるらしい。

 膝五郎はたい焼きを歩きながら食べるものだと思っているので、それを立ち止まって食べる、つまり「止まり食べる」ことなどけっして

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