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Another Story〜提督の憂鬱〜

スウェル

水平線の彼方に雨雲が見える。でもあれはこっちには来ない。甲板に不釣合いなハンモックもどきに横になった提督は、横目でちらりと目視して判断した。
『・・・暇だなぁ~』
ことさらに声に出して言ってみた。
『・・・平和すぎて・・・暇だなぁ~』
余計むなしくなってきた。
なので思考を切り替えることにしてみた。そういうことが難なくできるところがこの提督の利点である。
一年前。ヴィストウェルに呼び出されたときは正直億劫に感じた。来いよと言われてはい行きますって簡単に物事が進むのなら、この時代はいまよりきっと住みやすいだろう。だが億劫さに負けなくてよかったと思った。半年振りにおてんば娘に会うことが叶ったからだ。ヴィストウェルの領主にはもう足を向けて寝れないな。・・・あれ?今俺が足向けてる方角ってヴィストウェルの領地だったなぁ。まあ、いいか。
思考が縺れてしまうのは平和のせいだ。そう決め付けてしまいそうになるが、まあ・・・平和はやっぱりいいもんだ。こうやって思い出に浸ることもできるからな。
半年とか一年とか、どうしてこうもあいつにあうまでの時間が長いのだろうか。お互いの現在の生活を考えれば当たり前なのだが、おてんば娘の成長振りには毎回驚かされる。最初にあったときには細っこい身体に不釣合いな意志の固い眼差しの、ただの子供だったのにな。
『待たせすぎだ!!』
領主が退出したのをしっかり確認して怒鳴ってくるところはある意味保守的な部分かもしれないが、そういう空気がわかる女ってのは上物だ。よくもここまで、と感嘆する。その過程をつぶさに観察できなかった自分の立場が悔しい。が。たまに会うからこそのこの新鮮さも捨てがたい。
客観的に考えることで自分の感情にセーブをかけていることに、提督は気づいていない。齢40にしても、まだまだ人間として熟成しているわけではないのだ。
ふと魔が差して後ろから抱きしめてみた。思った通りの反応がきた。身体がいきなり硬くなった。男に慣れている身体ではない。そのことを実感して安心している自分がちょいと痛い。
『変なところ触るな!!』
せっかく抱きしめてんだからせっかく半年振りなのだから。どうせならあちこち触っときたいじゃないか。
好きな女なんだから。
でも、我慢してやる。こういう女には焦りは禁物だ。それに。こういう反応をするのは俺にだけだって知ってるから、それで満足だ。
『今度会ったら・・・仕返ししてやる!!』
できねぇくせにな。そう心の中で返してやる。
早く大人になれ。でもそのままでいてくれ。

俺は・・・どうしたいんだろうな。

水平線の雨雲は、跡形もなく消えていた。

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