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【公式ライブレポート】寺治爽子単独公演「夜更け綴るは、明日の遺書。」

「これからは、夢を綴ろうと思います」自己との訣別、これからは他者の悲しみに触れる音楽を。

寺治爽子単独公演「夜更け綴るは、明日の遺書。」ライブレポート

2019年12月の、13日の金曜日の夜。日本で2番目に古く、東京で最古のライブハウスでもある吉祥寺曼荼羅は、開場と共に人が詰めかけ、活況であった。

この日は寺治爽子のワンマン「夜更け綴るは明日の遺書。」が催される予定となっていた。席はソールドアウト、満員御礼である。

寺治爽子は、福島県出身のピアノ弾き語りを主体に活動するソロアーティストである。

DIR EN GREYと倉木麻衣に多大なる影響を受け、ケルト文化やブルガリア音楽、北欧トラッドのような民族音楽にもルーツを見出せるピアノ弾き語りでありながらその範疇を大きく超える仄暗い情趣を思わせる多様な楽曲を奏でるアーティストだ。

まだまだ無名のピアノ弾き語りアーティストでありながら、これだけの活況を呼んでいるのには理由がある。このレポートではその理由を絡めながらこの日の状況を記していく事にする。

1.自己と存分に向き合った寺治爽子ソロ

この日のライブは2部制で、まずは寺治爽子のソロからスタートした。演奏は彼女のグランドピアノ演奏と、歌のみである。

髪に赤の羽根飾りを施し、ノースリーブのコケティッシュな衣裳で登場した彼女は、演奏に入る前に自らの朗読を流しながら祈りを捧げる。

まるでこれまでの自己を偲ぶ葬列の先頭に立っているかのようだった。

そうした姿勢を象徴するかのように、1曲目は前作(1stアルバム『ブラウン』)のキーとなっていた曲「ブラウン」が選ばれた。ゆらやかな自己否定の中にもどこか輝ける憧憬を感じるナンバー。

この曲は、筆者の所感ではあるが、近頃の彼女の創作の原点となっているような、この曲を境に1度目の大きな変化が訪れたような、そんな曲なのである。

曲間に挟まるかぞえうたは、彼女が言うには「本来こんなパートが生まれる予定ではなかった」らしいのである。ライブでの衝動が曲を一段と深いものにしたということだ。

「夕焼けはあまりにも綺麗だ」という歌詞は前回のワンマンライブのキーワードでもあった。この葬送のようなライブの1曲目としては、あまりにも相応しい。

そこからの2曲目は、最新アルバム『合鍵』からのナンバー「最果て」。この曲はこの『合鍵』というアルバムが伝える彼女の変化という意味において、ある種最重要とも言える曲である。

民族音楽を含めた彼女の複雑なルーツが垣間見える、まさしく「ピアノ弾き語りらしくない」楽曲の筆頭だ。

そこから続けざまにインストゥルメンタルの新曲「ゆびきり」の披露となると、今度は一足飛びに未来へと跳躍する。これまでの3曲だけでも三曲三様に全く違う顔を魅せる表現に、初見の方はかなり驚いたのではないだろうか。

彼女はこの1人での演奏中、最低限の照明の中で、存分に自己と向き合った。自己の闇と光を見渡しながら、精神の深部まで掘削し、深懊に横溢する泥と珠玉をまるごと槨に納め、ただそこに佇立していた。

流麗な鶏冠木のような指遣いと、神代の洞窟のような空間を震わせる旋律と詠歌と。観客はそれをただ受け入れ、眺むのみ。

彼女は1人になり、観客も各々が1人きりになって、向き合うのである。自己の過去や現在や、心の形に。

「副流煙」が久々に披露されたことも、彼女なりの向き合い方なのだろう。

2.自己の解放を存分に楽しむスリーピース

今宵の活況の理由、それはライブの構成が2部制であり、ソロの後にスリーピース編成でのライブが控えていたからと言っていい。

このライブの見所はまさに、このスリーピースが提示する彼女の新たな姿であるからだ。

スリーピースのサポートを務めるのは、Ds.大窪旭光(ex.Back Shot Roberts)と、Ba.時雨(ex.RHEDORIC , Deshabillz , Gill'e cadith , uBuGoe)

2人共、ヴィジュアル系を中心に様々なジャンルでキャリアを積み重ねてきた精鋭である。2019年、主に大窪旭光とのツーピース編成で着実にセッションを重ね、音をより豊かにしながら、新たなアプローチを模索してきた。

今回初披露となるスリーピースでは、多彩なキャリアで知られるベーシスト時雨の妙技が初めて重なる。

ツーピースで築き上げた土台を更に磨き高める上で必須となる五弦の音に、期待が高まる。ソロのMCの時点で時雨を全面的に推していた寺治爽子を、微笑ましく眺む観客であった。

厳かな雰囲気で始まった演奏は、直ぐに観客の心を捉えた。そこにあったのはもはやピアノ弾き語りのLIVE空間ではなく、フュージョンやピアノロックのような、ひりひりとした音素の爆散。

既往の名曲のスリーピースアレンジも、良い意味で鉤爪を取り払い、より深懊に訴えかける仕上がりになっている。

精密に練られたベースと共により暴力的に響く「春は修羅」の低音も。シャウトもなく、鍵盤を叩きつけることもないのにより精神的闇に呼応する「ハート」も。

観客各々の秘める情念を苛斂誅求するようでありながら、何よりも掣肘してきた自己の解放を推し進めるようなアプローチ。

本編最後に披露された「合鍵」は、その膂力と清澄さを全て集結させたかのようだった。

3.完全インストゥルメンタルの新曲「竜胆」に込められた希望と、感謝の言葉

即座に沸き起こったアンコール。

その最後に披露された、今回初参加となるベーシスト時雨の為に書いたという新曲「竜胆」は、完全なるインストゥルメンタルのナンバーである。

間違いなく、寺治爽子というアーティストがピアノ弾き語りSSWを超えた瞬間を、そのままに詰め込んだような曲だった。

一度咲くと何年も咲き続ける、美しい花。竜胆の花言葉は「悲しむ貴方を愛しています」なのだという

これまでは自己の悲しみ、自己の闇に向き合い、自己のために音楽を奏でてきた。しかしこれからは、より広い視野で、他者の悲しみに向き合っていく、と決意を固めた。

この日を境に、彼女は「遺書」を綴るのを辞めるという。人の縁はあくまでも偶然という、一見冷めている思想を持っている彼女だが。

「これからは、夢を綴ろうと思います」

と、希望のある言葉を残した。

そして最後に、彼女からの、不器用な言葉ではあったが、彼女なりの全力の感謝を聞くことが出来た。

「私の人生に関わってくれて、ありがとうございます」
「生きてて良かったです、ありがとう」

活動開始からこれまでの様々な辛苦も喜びも全て、この言葉に現れている気がした。観客もひしひしと感じたことであろう。「寺治爽子が生きていてくれてよかった」と。

こうした言葉をくれるのもまた、彼女のワンマンが盛況となる所以である気がしてならない。


4.結びに再会の言葉を寄せて

これから新たに寺治爽子は、「夜更け綴るは明日の夢。」というソロプロジェクトをスタートさせるという。2020年、活動は更に広がりを見せるだろうし、大きく変わり続けることだろう。

ライブの最後の結びの言葉である

「またね」

は、近い再会を意味する。

しかし、聞く人によっては、永きの別れをも意味することになるのかもしれない。それは全て偶然が決めるし、再会も別れも偶然だ。そもそも彼女が鍵盤を奏でているのだって、偶然かもしれない。

どんな偶然が働けど、いずれまた会うこともあるだろう。その時まで、楽しみにしていて欲しい。どんな偶然があろうと、彼女は確実に過去よりも大きく成長した姿を見せるだろうから。

【Photo : 縣健司 ,  Text : TomiKe

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