見出し画像

#360 『葬儀の現場で気づかされたこと』

本日は、作家の青木新門さんの「葬儀の現場で気づかされたこと」についてのお話です。青木さんは早稲田大学を中退した後、富山市で飲食店を経営しながら文学を志します。その後、現在のオークス社である冠婚葬祭の会社に入社します。葬式の現場の体験を書いた『納棺夫日記』はベストセラーとなり、その『納棺夫日記』が原典となった映画『おくりびと』は第81回アカデミー賞外国語映画賞を受賞しました。

"納棺をしたのは、約3000体ですね。私はもともと作家になるつもりだったんですが、それでは飯が食えなくって、冠婚葬祭の会社にアルバイトに行ったんです。初めのうちは納棺の仕事が嫌で嫌で仕方ありませんでした。ところが葬儀の現場で、死者から教わったことと申しますか、はっと気づかされたことがあるんです。その一つが、昔の恋人のお父さんを納棺に行った時でした。"
"仕事を始めてすぐの頃でしたが、自分の姿を一番見られたくない人です。彼女も嫁いでいったと聞いていたから、まだ来ていないことを願って部屋に入っていきました。幸い姿がなかったのでホッとして湯灌を始めたらその途端、彼女がやってきて傍に座り、お父さんの額を撫でたり頬を撫でたりしながら、時々私のほうにも向いて額の汗を拭いてくれました。...なんと表現していいか分からないぐらいの動揺がありましたけどね。その時に見た瞳が、私を丸ごと認めてくれているような優しい目だったんです。"
"人間は認められるとね、おかしなもんですよ。いままでいつ辞めようかとばかり考えていたのを、次の日、医療機器店に行って、外科医が着る白衣を買ってくるんです。そして、これまではわざわざ汚い服に着替えていたんですが、どうせやるんならと思って、服装だけでなく、言葉遣いや礼儀作法も改めました。すると社会的な評価が天と地ほども変わってくるんですね。"
"それまでは「納棺が終わったなら早く帰れ」と追い出されるような感じだったんですよ。その時に、どうせやるんなら何事もきちっとやるべきだと学びましたね。"


============
書籍『1日1話、読めば心が熱くなる365人の仕事の教科書』
2021/12/26 『葬儀の現場で気づかされたこと』
青木新門 作家
============

※Photo by Eli Solitas on Unsplash