lainを久々に見た/「哲学するアニメ」の正体

…lainがどういう話かわかんなかった人向けに一言で言えば

「孤独に歩め、求めるところは少なく、林の中の象のごとく」

という話です。…この台詞の元ネタはイノセンスなんだけどね。


イノセンスがわかんない人向けに言うと

「ソウルジェムを濁らせたものはもはや絶望ですらない。

希望よりも熱く、絶望よりも深い、人間の最も深い感情、愛よ。」

辺りが適当かな…。孤独にならざるをえない、誰かから救済されるという希望よりも深いものはエゴだから。…ちなみに、台詞はまどマギの劇場版から。


何が言いたいかというと、「哲学するアニメ」って結局は存在とエゴのお話だってこと。

存在に悩むのは他人と話が合わないか、他人が自分という同じ対象に全く違う評価を下した時に「本来の自分」を見失う。

見失わないために、エゴを持つ。でも、エゴが突き抜けると孤独になり、孤高になる。

自分のエゴの世界に仲の良い友達や愛してる人を連れて行こうとすることもあるが、相手がついていけなくて拒絶するか、その人を壊して不幸にしてしまうことに気づいてやっぱり孤独になる。


多分、それが「哲学するアニメ」の正体。


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