見出し画像

笑いについて〜TV編①

皆さん、おはこんばんにちは。
昨日上げそこねたので今日は2本上げます。

前回同様、中学校に入るまでの記憶を只々書き連ねて行くだけのテクストですので、興味があれば宜しくです。
お笑いというカテゴリ自体が今の2020年と40年近く前の俺が享受してたモノとはそもそも違う訳で、
尼崎に住んでりゃ土日の昼間に吉本新喜劇は普通にTVで当たり前として見てるし、小学校上がる前には漫才ブームがやってきて昼から寝るまでずっと漫才のTVやってました。
上方漫才だけじゃなくてドリフの8時だよ全員集合生放送やツービートや浅草演芸、お笑いスター誕生や笑点を起点に落語も関西関東問わずに見る事が出来た。
それに加えてラジオも当たり前の様に流れてたから
(ウチは朝からAMラジオ、しかもMBS限定という母親のルーティーンが強制されていたので、平日の朝は浜村淳の番組を聞くのが固定パターンだった)、
関西の人=面白い事言う・話にオチを求めるイメージを持たれる感覚を醸成する土地柄だって事はなんだか普通にあったんだよね。
そりゃ面白いかどうかは個人の差みたいなのは当然あるわけだけども、どれだけ吸収して自分のフィルターを通して話できるかってのがムードとして蔓延していてね...
お笑い芸人とかタレントとかしゃべりでメシ食いたいって言えるのが、ガキの夢としてプロ野球選手とか歌手と並列になった世代だと思います。
敢えてこの回を笑い〜TV①としたのは、小学校終わりまでの笑いというセンテンスがTVだけの情報ですら飽和して書き切れない程あって、他にラジオや映画や雑誌、演劇など同時に語るべきコンテンツが有り余る位あるからなんですよね。

勿論人それぞれ自論はあると思うけど、権利とかコンプライアンスとかがコンテンツを押し潰さずに金は払うから好きな事やんなさいよって言えていた時代にガキの頃を過ごしたのはデカいと今振り返ってみると思う次第。
TVはどんどんリアルタイムで見られなくなっていくし、面白い人達はネットや世界中の地下の現場で拡がっていってるんだろう。
それが今の人達のスタンダードなんだと思うし、興味がある人は深くdigっていくしね。

ドリフは見始めた頃はもう志村けんがスターだったし、漫才ブームは王道が生き残り、淘汰され、関西では新喜劇が人を変えながらネタを変えながらコテコテの人情話で毎日劇場に客を入れてやっていた。
コント55号は萩本欽一が週4本も欽ドン!シリーズやカックラキン大放送とかで色んな芸能人がコントや歌をガンガンやっていた。
ひょうきん族も始まって、ドリフを潰す勢いでたけしやさんまが瞬発力のあるコントを毎週週末に放送し、毎日昨日のTVどれ見た?話ばっかりしていた。
笑っていいともが始まって、昼間の顔にタモリが出るなんて事になった。びっくりしたけど日常に溶けこんでいき、学校を休んだらいいともを見ていた。

週末だけじゃなく海外のシットコムが沢山吹き替えで放送されて(個人的にはファミリー・タイズがデカかった。マイケル・J・フォックスがTVで毎週見れるとかマジ神だと思ってた)、モンティ・パイソンの再放送も楽しみだった。
もうみんなスターばっかりで、飽きる事もなく毎日祭りが続くみたいな感じだった。
だけどいつも見ていたコント番組が終わっていき、ああ、なんかTVの流れが変わるのかな〜って思い始めるんだよね。

あと小学生の時にめちゃくちゃ食らったなってのはとんねるずとダウンタウン。他にもいっぱいいるんだけど、とんねるずはTVを食い荒らしにいっていたし、時代に乗った時をリアルに見ていたから。ダウンタウンは地元が尼崎とかだけじゃなくて、TVで漫才を初めて見た時衝撃を受けた。これから新しい何かが始まるって思った。
今だってそうだけど振り返れば玉石混交、清濁飲み合わせって感じだったんだよね。縦社会は当然あるけど、下から突き上げてくる若い奴らを育てながら面白いモノを作っていくのが子供心にも伝わってた。
当然俺がガキの頃にはクレージーキャッツやGSの人達はもう有名人で、なんか知らんけど偉い人なんだな、なんでコントやってんだろみたいな感覚だったんだよね。
とりあえず小学生終わりまでのお笑い番組の話はここまで。
中学生以降の話はその②で。
あくまでTVだけなのでラジオとか映画とか他諸々は後日また。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?