見出し画像

夏空クジラ ーー夏休みの思い出からーー

「理科と社会の夏休みの宿題は、早めにな~」
と、さんざん言っておいたが、一向に動きの見えなかった8月第一週。
僕らの世代には当然あると思っていた、「夏休みの計画」を書くフォーマットは、お姉ちゃんの中学と弟くんの小学校であたかも配られなかったかのように、彼らから僕への報告・連絡・相談は無音だった。

報告・連絡・相談がこないとき。
それは「仕事うまくまわってないぞー」というサインである。


そんな日。お姉ちゃんが、なんと台風襲来の前日午後に

「理科と社会で、施設訪問レポートが必要」
と、話し出した。

「そういうのは。7月19日、もらってきた日に。そのときに、一緒に、全点検しようね」

僕は8月第一週(現在9月第三週も:笑)、すごーくいろんなできごとが心にもスケジュールにも客観的な状況でものしかかっていて、お小言を抑えておくことができなかった。「店舗を回してるマネージャー側に立った下っ端コンサルの理屈」が、うわーっと体の中から出てきた。

--まて、高橋。まて、相手は子供だ。宿題の全容がわかった日に全点検できる方向に素質があるなら、とっくにやっている! 長眠族・没頭型・非マルチタスク・手仕事職人系だ。伸びる分野、得意な分野は、マルチマネジメント側じゃない!

~と、今の僕ならば「台風前日の僕」を止められるのだが、その時は「準備が致命的に遅れるような情報隠匿をしてどうするのだ。君じしんの首を絞めるだけだろう」という話を、一生懸命に、お姉ちゃんに、したな。

ああ、一生懸命に、相手のタイプ的に伝わりようがない話をほとばしらせたな、あの日。

今の僕なら当時の僕に

「タイプの違う人材に入らない話を押し込んでどうするんだ。ただでさえ報告連絡相談が来ない、という危機にお前は立たされているのに、さらに口をきいてもらえなくなるぞ。君じしんの首を絞めるだけだろう。もうちょっと賢くやれ、相手は一途な没頭型職人タイプだ。環境整備していいものを作ってもらう、それも二十年スパンだ。わかるだろ?」
と2分のお説教をする(笑)

「僕がいっぱいいいっぱいだ」、と僕が自覚するバロメーターとしては、十分役に立った。
だが、お姉ちゃんの行動変容にプラスか?というと、効果なしだ。そういう理屈が適用されるタイプではない。

だいいち、「話そう話そう」としながらもタイミングがつかめなかったり、小・中学生の想像を超えて八面六臂の活躍をしてしまってる照にいさん(忙しいおとなは、「自分が止めちゃいけない高速マシン」みたいに、子供の目からは見えるもので)に声をかけて情報の共有をしないと、あとが困る……とうすうすわかってるような人材なら、7月最終週に話を持ってくる。

8月第一週つまり、「自分たちの夏休みは、お盆の週をさいごに終わる。他県より早くはじまる」と自覚しようのない人材がやることだ。

そしたらただ一つ、

「事後報告でバックレ、という事態を防いでくれて、ありがとう」

このリアクションしか適用できないパターンだ。

そう、僕は念仏を唱えてしまったのだった。相手の耳は馬の耳、にんじんで釣ってあげなきゃ動かないところに、念仏を押し込んでしまったんだ。


お姉ちゃんはちょうど中1ごろから、家庭内でトイレを占有しはじめ、現時点で最長2時間トイレ籠りをするようになった。

ええと、あなたの職場でも、「トイレにこもる人」問題って、起きてません?手際よく順次、共用するためのトイレ個室スペースを、30分ぐらい占有する人が続出するあれ。

あれはね、マナーの問題とか自覚の問題とかじゃないんですね、実は。

その職業集団の中で「手仕事職人系・集中仕上げ型・没頭型スタッフ(たとえば会計、経理、ノーミスを求められる職能)」に、過度なストレスやプレッシャーがかかっているとき。または、対人営業職であっても、体調不十分で、とにかく10分ぐらい仮眠しないと、まともな応対ができないとき。
または、過敏性大腸症候群をかかえたまま働いているスタッフがいるとき。

トイレの個室は、こういうとき、

「コクーン(緊急退避所)」

の役割を果たします。つまりコンサル的には、

・休憩室の動線と機能(質)
・勤務体制(早退等の相談・申告しやすさ)
・産業カウンセラーおよびピア・スーパーバイズの相談機能
・コクーンにこもって窮状をしのいでいる人たちが、こもらなくても仕事できる状態への業務分解

ここを先にいじらなきゃいけない。古い5S(清潔・清掃・しつけ・整理・整頓)の「しつけ」部分で僕らがカバーしてきた分野はもう、新しい5Sでは「整備」と差し替えなければならないんです。そこまで僕らは、第三次産業特化してしまったんです。

ええと問題は、申告が遅いことじゃない。

その申告で「間に合った」状態にすることだった。

強風のなかを、まだ止まってない電車に乗って、僕らは上野へでかけた……

強すぎる風がそのときだけピタ、と止まって……

ゆうゆうと、空へダイブする「クジラ」のオブジェが、僕たちを見下ろして笑っていた。


お姉ちゃんの、この子だけの問題じゃない。
家庭環境が急変した女子は、「家庭という土台を支えるための透明労働の担い手」として、過剰に期待されてしまう。いわばこの子には、古い時代の日本全体の無言のプレッシャーが、ずどっとかかっている。

僕は、「家庭が大変な状況だから、という理由」で一人の女子の職業生活と学業の積み上げと「恋愛して、結婚して、子供を産んで、幸せな生活をする多彩な選択オプションの”全機会”を奪われない権利」を侵害することなく

(多彩な選択オプションとは、同性婚でも婚外子でも子供を産んでも産まなくても、博士や営業部長で5人の子持ちとかも、あらゆる選択がフラットに可能、ぜんぶぜーーーんぶオッケー、という意味)

「……そりゃ、簡単だから、やってみるといいよ!」

と、この子に言ってやるために、この家に来たんだもの。

心のなかで今、そんなことを訴えている僕を見下ろして

夏空クジラは、ゆうゆうと笑っている。

「最大値の2割」ぐらいで構わないから、ご機嫌でいたい。いろいろあって、いろいろ重なって、とてもご機嫌でいられない時の「逃げ場」であってほしい。そういう書き物を書けたら幸せです。ありがとう!