美男鬘

・私の祖母は、中世日本文学を主な研究領域としている国文学者です。
・家の二階には大きな書庫があり、数多くの本が所狭しと積まれています。

それ自体は昔から知っていたものの、私にとって祖母は「そういう人」であり、あまり気にしたことがありませんでした。

ところで、私も社会人7年目を迎え、会社で人事企画の仕事を担当するようになった為、「人は何故働くのか?」とか「仕事のやりがいとは何だろうか?」とか考える機会が増えました。

そんな中、昨年、久しぶりに祖母に会う機会があったので「おばあちゃんにとっての生業って何?」とふと聞いてみました。
返ってきた応えは「知りたいことがあるのよね」というものでした。
敢えてピントをズラしたのか、それとも単に噛み合っていなかったのかは分かりませんが、「あぁ。おばあちゃんは根っからの学者なんだな」と感じました。

続けて、「おばあちゃんが今知りたいことは何?」と聞くと、美男鬘が何故前に垂れているのか?とのことでした。
美男鬘(ビナンカヅラ)とは、日本の伝統芸能である狂言で用いられる装束の一つで、女性役が被り、白い布を頭に巻いて布の両端を前に垂らす被り物のことです。
その布の両端が前向きに垂れている理由を知りたい、と。
恐らく、その時祖母に聞かなければそんな疑問は一生浮かばなかったことはおろか、美男鬘という言葉自体知ることはなかったと思います。

彼女の仮説では、女性が亡くなった時に髪を後ろに束ねる地域があり、前に垂らしているのは、死の反対、すなわち生や再生を表しているのではないか、とのことでした。

残りの時間もそう長くはないから、もしかすると最後まで分からないかもね〜、と呟く祖母を見て、自分も将来こうなれるだろうか、と感じました。

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