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担当した本のこと/『いなくなれ、群青』の始まり

noteはじめました。

何か特別なきっかけがあったわけではないのですが、会社に入って12年目、文芸の編集をして8年目、小説について考えたり、感じたりすることを書きとめておく場所がほしいな、と思ったのが一番の理由です。それから、自分の担当した本のことを書いておきたい、とも思いました。その時、その瞬間に感じたこと、迷ったこと、悩んだことを、忘れたくないな、と。

本作りでは、いろいろなことを考えます。
原稿のこと、装幀のこと、売り方のこと。「こうしたい」もあれば「これでいいんだろうか」もあります。でも、多くの場合、山場を越えると「終わった!」という嬉しさ、安心感で、その過程のことを、さっと置いてきてしまうことが多いです。目の前にはすぐ、次の仕事が待っている、という環境も、それを後押しします。

当然ながら、僕は機械的に無感情に仕事を流しているわけではなく、一つの作品に、一つ一つの言葉に、感動して、わくわくして、泣いたりしながら本を作っています。
けれど、今の出版環境はなかなかに厳しく、ともすれば僕らは「売れた/売れない」という結果に縛られがちです。(もちろん、結果は大事です。)

しかし、結果に至るまでの過程で感じたこと、考えたことの中にも、忘れたくないことがあり、それは時に僕の中で「結果」より大事なことだったかもしれない、と今さらながら考えて、はっとしました。
だから、ここでは本作りの中で感じた気持ちを、つまり編集者としての「行間」を、残してみたいな、と思っています。

さて、手始めにこの8年間で担当した作品を数えてみると、ざっと110冊ほどでした。
累計で1100万部ぐらいです。
文芸の仕事をするようになって2年が経ったころ、29歳のときに「新潮文庫nex」というレーベルを作りました。新潮文庫と新潮文庫nexで、たくさんの作品を担当しました。ずっと無我夢中で走ってきたので、改めて数えてみると、多いような、少ないような、ふしぎな気持ちになります。

とはいえ、一つ大事なことがあります。僕は編集者です。
なので、一連の本作りにおいて、僕は「主役」ではありません。(大事なことは、ここです。)
担当した作品や数は、実のところ、自分自身を説明する数字ではありません。

小説を、作品を、世界を生み出すのは作家です。
0から1を、無から有を、文字から小説を生み出す熱は、作家という大きな存在から生まれる、唯一無二のものです。打ち合わせをしたり、取材に同行したり、いろいろな話をしたり、編集者はこの「熱」を強め、育て、大きくするために、全力を尽くしますが、僕らはやはり「生み出す」存在ではありません。あえて言葉にすれば「手伝う」存在、もしくは「黒子」「裏方」でしょうか。

たとえば、僕の担当作の中に、河野裕さんの『いなくなれ、群青』という作品があります。
僕が河野さんに初めて連絡をしたのは2013年9月20日で、初めて会ったのは2013年10月17日でした。
そして、初めてプロットが届いたのが、2013年12月3日です。

「設定案/階段島ダストボックス(仮)」と題されたテキストには、こんな内容が書かれていました。
(『いなくなれ、群青』の原題は「階段島ダストボックス」です。)

◆概要
「捨てられた人々の島」階段島に暮らす住人たちの、少し変わった日常もの。
「階段島とはなんなのか?」という謎をメインテーマにしながら、そこに暮らす奇妙な人々を描く。
・階段島
 引き算の魔女の世界。
 引き算の魔女によって切り離された人格が暮らしている。
 切り離された人格というのは、基本的に「成長するため、捨てられた過去の自分」だ。例えば臆病な自分だったり、自堕落な自分だったり、夢見がちな自分だったりする。
 だからこの島の住民はみんな、どこか欠けている。臆病だったり、自堕落だったり、夢見がちだったりする。もちろん「島の外(現実)」では、本当の(少し成長した)自分が生活しているけれど、そんなことは誰も知らない。
 島の中心へと続く階段は大人になることの象徴であり、住民たちはその階段の下に取り残されている。

6年前、初めて河野さんに会ったとき、河野さんは29歳でした。
(僕は一つ下の28歳でした。)
その席で僕は「20代だからこそ書ける青春小説を、読みたいです」と伝えた記憶があります。(ほかにももっといろいろ、お話しした気がするのですが、初対面の緊張で、実のところ記憶が曖昧です。)

対面から2か月、届いたA4用紙6ページのテキストには、上記のほかに「僕/ナナクサ(仮) 切り捨てられた人格:悲観主義」「ユウ(仮)切り捨てられた人格:理想主義」「仕事と通貨」「生活」「情報」「彼岸」「遺失物係」など、階段島シリーズを知る方であれば「あっ」と思える物語の基盤のほとんどが、記されていました。

『いなくなれ、群青』という小説が、あるいは、「階段島」という世界が、河野さんによって生み出された瞬間です。

興奮と、高揚と、感動で、居ても立っても居られず、すぐに「会いたい」というメールを書いた記憶があります。
(12月10日に、神戸に行きました。)

生み出された「世界」を、どうやって読者に届けるか。
校正。装画。デザイン。営業。宣伝。編集者としての悪戦苦闘は、「裏方」の戦いは、ここから始まります。


備忘録を兼ねて。担当した本のメモ(~2019.12.9)

新潮文庫
河野裕『いなくなれ、群青』
河野裕『その白さえ嘘だとしても』
河野裕『汚れた赤を恋と呼ぶんだ』
河野裕『凶器は壊れた黒の叫び』
河野裕『夜空の呪いに色はない』
河野裕『きみの世界に、青が鳴る』
河野裕『さよならの言い方なんて知らない。』(既刊2巻)

伊坂幸太郎『オー!ファーザー』
伊坂幸太郎『あるキング 完全版』
伊坂幸太郎『3652 伊坂幸太郎エッセイ集』
伊坂幸太郎『ジャイロスコープ』
伊坂幸太郎『首折り男のための協奏曲』

宮部みゆき『ソロモンの偽証』(全6冊)
宮部みゆき『荒神』
宮部みゆき『悲嘆の門』(上中下巻)
宮部みゆき『この世の春』(上中下巻)
宮部みゆき『ほのぼのお徒歩日記』
宮部みゆき『小暮写眞館』(全4冊)
岡本綺堂(著)/宮部みゆき(編)『半七捕物帳』
松本清張(著)/宮部みゆき(編)『戦い続けた男の素顔』

知念実希人『天久鷹央の推理カルテ』
知念実希人『天久鷹央の推理カルテⅡ』
知念実希人『天久鷹央の推理カルテⅢ』
知念実希人『天久鷹央の推理カルテⅣ』
知念実希人『天久鷹央の推理カルテⅤ』
知念実希人『スフィアの死天使 天久鷹央の事件カルテ』
知念実希人『幻影の手術室 天久鷹央の事件カルテ』
知念実希人『甦る殺人者 天久鷹央の事件カルテ』
知念実希人『火焔の凶器 天久鷹央の事件カルテ』
知念実希人『魔弾の射手 天久鷹央の事件カルテ』
知念実希人『螺旋の手術室』

竹宮ゆゆこ『知らない映画のサントラを聴く』
竹宮ゆゆこ『砕け散るところを見せてあげる』
竹宮ゆゆこ『おまえのすべてが燃え上がる』

最果タヒ『空が分裂する』
最果タヒ『渦森今日子は宇宙に期待しない』
最果タヒ『グッドモーニング』
朝吹真理子『きことわ』
朝吹真理子『流跡』
古井由吉『辻』
島田荘司『写楽 閉じた国の幻』(上下巻)
島田荘司『ロシア幽霊軍艦事件』
島田荘司『御手洗潔と進々堂珈琲』
島田荘司『セント・ニコラスの、ダイヤモンドの靴』
島田荘司『御手洗潔の追憶』
桜庭一樹『青年のための読書クラブ』
米澤穂信『リカーシブル』
古川日出男『MUSIC』
古川日出男『聖家族』(上下巻)
古川日出男『馬たちよ、それでも光は無垢で』
石田衣良『チッチと子』
石田衣良『明日のマーチ』
海堂尊『マドンナ・ヴェルデ』
海堂尊『ナニワ・モンスター』
松本清張(著)/海堂尊(編)『暗闇に嗤うドクター』
神永学『ファントム・ペイン』
神永学『フラッシュ・ポイント』
白石一文『砂の上のあなた』
高杉良『小説ヤマト運輸』
高杉良『虚像の政商』(上下巻)
吉上亮『泥の銃弾』(上下巻)
吉上亮『生存賭博』
円居挽『シャーロック・ノート』
円居挽『シャーロック・ノートⅡ』
王城夕紀『青の数学』
王城夕紀『青の数学2』
坂上秋成『モノクロの君に恋をする』
神西亜樹『坂東蛍子、日常に飽き飽き』
神西亜樹『坂東蛍子、屋上にて仇敵を待つ』
神西亜樹『坂東蛍子、星空の下で夢を語る』
神西亜樹『東京タワー・レストラン』
瀬川コウ『謎好き乙女と奪われた青春』
瀬川コウ『謎好き乙女と壊れた正義』
瀬川コウ『謎好き乙女と偽りの恋心』
瀬川コウ『謎好き乙女と明かされる真実』
雪乃紗衣『レアリアⅢ』(前後篇)
相沢沙呼『スキュラ&カリュブディス』
谷川流『絶望系』
仁木英之『さびしい女神 僕僕先生』
仁木英之『先生の隠しごと 僕僕先生』
仁木英之『鋼の魂 僕僕先生』
仁木英之『童子の輪舞曲 僕僕先生』
仁木英之『僕僕先生 零』
仁木英之『王の厨房 僕僕先生 零』
真山仁『プライド』
麻生和子『父 吉田茂』
網野善彦『歴史を考えるヒント』
池田清彦『38億年 生物進化の旅』
湯谷昇羊『「いらっしゃいませ」と言えない国』

単行本
竹宮ゆゆこ『あなたはここで、息ができるの?』

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