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2022入試 問題研究③ 大阪公立大学の現代文

こんにちは。

本シリーズも3本目へ。安定供給できるようにがんばろう。

前回は北海道大学を分析した。

今回はある意味で私のおひざ元でもある大阪公立大学の記念すべき第一回目の入試を分析していく。

◇大阪公立大学の国語

この大学は大阪府立大学と大阪市立大学が合併したことで誕生した。どうやら学内のパワーバランスは旧市大側が強い……と聞くが、そもそも府大入試に現代文はなかったので、国語に関しては旧市立大学のものを踏襲しているだけと言える。

旧大阪市立大学の国語はオーソドックスな問題が並んでいたが、そもそも文章を読むことが苦手な人間は難儀する問題でもある。読むことの上に解くことが成立する、というタイプの問題と言えるだろうか。

◇2022年の出典

〇大問1について

〇大問2について

◇大問1 解説

〇論理展開

形式段落は13、論のまとまりは4つに分けられる。

⑴ 民藝の作り手について(①~②段落)
→ 民藝の作り手は工人や職人と呼ばれる普通の人であり、「作家」のように芸術家と呼ぶことは矛盾していると考えられているが、柳宗悦はその二分法を退け、作家と伝統工芸を強調させて、新たな創造的な民藝を目指したいとしている。

⑵ 民藝の美と自由について(③~④段落)
→ 柳は「美しいものは何でも美しい」としているが、この美しさは特定の立場、自我、個人的な意図や計らいから「自由」であることが基盤となっている。

⑶ 民藝の作り手の個性について(⑤~⑧段落)
→ 民藝の作り手の個性とは、修行を通じて技を身につけていく過程において形を表してくるものである。これは我執や好みや利己心とは異なる「小さな」ものではない。むしろ美しい古作を見ることでその中から美質を受け取ることが何よりも重要であると言えるのである。

⑷ 作家の想像の核心について(⑨~⑬段落)
→ 創作においてはまず美しいものを見出し、それを自分の仕事に活かすことを前提として、自分のものにする眼力と自己を内省する力が問われる。また、それを自分の作品として、かつ作為や計らいを感じさせないように生み出す必要がある。

〇問1 理由説明

<タケガワ解答>
民藝作品の作り手は美しいものを求めて作品を作り上げる作家とは違い、職人や工人という無名の人が大衆向けの実用品を無署名という前提で作るものであるから。

<解答根拠>
「民藝の作り手」を「作家」と呼ぶことが矛盾である理由を考える。
よって、下記のような構文を想定しよう。

【想定構文】
 A 「民藝作品」の作り手の特徴
 B 「作家」とはどのような人か
 C AとBが違うということを示す。

A 民藝作品の作り手について
→ これは注1の「定義」を参照したい。そもそも「注」は作問者が読解/解答にいて必要があると考えて付記したものである。これを使わない手はない。下記の内容を押さえよう。

(注1)…地方の素材によって、無名の工人によってつくられた無署名の品物であり……決して美しいものを求めて作られたものではない。

ここから、Aは「民藝は無名の人間が無署名で作ったもの」となる。そこに①段落の内容を踏まえると下記の通りになるだろう。

A 民藝は無名の人間が大衆のための実用品を無署名で作ったもの

B 「作家」について
→ これも注1の内容をもとにすると、「美しいものを作る人」ということになるだろうか。これは「実用品」の対比(違い)として「美しいもの」という関係性から考える。ここがこの問題の難しさであろう。ここから下記の通りとする。

B 作家は美しいものを作り出そうとする。

C AとBの違いについて
→ 「民藝はBではなくAである」という構文を作ることができればいいだろう。

<公式見解>
公立大学の「解答の考え方」を引用しよう。

問一は、以降の本文の内容を理解するための導入として、民藝の「つくり手」に関する一般的な考え方が理解できているかを問う問題。(注一)に示されている、一般的な「民藝」の定義もふまえて説明する。

大阪公立大学 「解答の考え方」

ここから、2つのポイントを見出す。

❶ 民藝の作り手について
→ 無名・無署名の職人・工人(一般の人)
❷ 一般的な民藝について
→ ❶の人々が作った「大衆向け実用品」

これに「作家」の定義ができていればいい感じかな?

<採点のポイント>

A 民藝は無名の人間が大衆のための実用品を無署名で作ったもの
B 作家は美しいものを作り出そうとする。
→ あとはAとBが異なることを説明する。

〇問2 理由説明

<タケガワ解答>
美しいものとは、特定の立場への固執や個人的な意図やねらいといった人為的なものから自由になることで成立する自然なものであると言えるから。

<解答根拠>
構文を想定すると以下の通りになるだろうか。

A この「自由」とはどういうものかについて考える。
B Aが「美しさ」にとって重要である、という構文にまとめる。

A 「自由」とは
 自由についての記述は④段落にあるので、その内容を押さえる。
「特定の立場への固執」「はからい(個人的な意図やねらい)」という人為的なものからの自由とあるので、これをまとめる。

A 特定の立場への固執や個人的な意図やねらいといった人為的なものから自由になること

B 「美しさ」と「自由」の関係
→ これも④段落の内容を押さえる。
⇒ Aの内容があってこそ「ものは美しくなる」と言い、「人為的なもの」によって「自然さが損なわれ、美しくなくなる」とあるので、Aによって自然な美しさを得られると考えられるだろう。

B 美しさとは、Aによって自然なものとして得られる。

<公式見解>

問二は、民藝作家が民藝の美を作り出すために必要な「自由」について、筆者が説明する柳宗悦の考え方を理解できているかを問う。傍線部の後の段落で述べられている内容をふまえて説明する。

要は、④段落をまとめろ、ということ。「論のまとまり」、重要でしょ?

<採点要素>

A 特定の立場への固執や個人的な意図やねらいといった人為的なものから自由になること
B 美しさとは、Aによって自然なものとして得られる。

〇問3 換言

<タケガワ解答>
自分の才能をもとに技術を磨くことと、伝統的に受け継がれているものを習得しようとすることは、ともに美しいものを作り上げることができれば、同じ目標を達成したと言えるということ。

<解答根拠>
大阪市大が「大好き」だったと言える比喩換言。まさに「伝統を受け継いだ」と言える。考えるべきことは下記の通り。

A 「二つの道」の換言 
→ しかも両者が「違う」ことを明らかにする。
B 「山頂」の比喩の換言
→ ここがやや難しいかもね……。

A 二つの道
→ これは⑤段落の内容を押さえる。ここには「道は大きく二つに分かれる」の部分を押さえる。
一つは「作家の道」である。これは「自分で技術や力量を磨いて美しいものを作ろうとする」ことである。
もう一つは「伝統の中に身を置いてそこから美しいものを目指すこと」である。両者は「自力」か「他力」かの違いがある。

B 「山頂」
→ 山頂とは「目標」ぐらいの意味(=目指す先)で考えるといいだろう。ここでの目標とは「美しいものを作る」という「目標」であろう。
要はAのどちらの道で「山頂」を目指し、そこにたどり着くと、結果として「美しいものを作る」という目標が達成されるのである。

<公式見解>

問三は、比喩を多用した説明を正しく理解できているかを問う。山登りや仏道修行の比喩を解釈し、民藝の「作家」と「工人、職人」それぞれの修業や美の生み出し方の違いを理解し、なおかつ両者が目指す「山頂」が同じであるとは、民藝ではどういうことの比喩であるのかを、わかりやすく説明することが求められる。

そのままAとBですね。


<採点要素>

A-1 「自分で技術や力量を磨くこと」
A-2「伝統の中に身を置いて学ぶこと」
B ともに美しいものをつくりだせれば同じ目標を達成できたと言える

〇問4 換言

<タケガワ解答>
我執や好みや利己心と言った個人的かつ表面的な小さな個性ではなく、伝統的な作業をこなす中で醸成され、作品に反映される作り手独自の作風のこと。

<解答根拠>
基本的には「大きな個性」を説明すればいいので、その説明がなされている⑦段落の内容をまとめればよい。

ただし、解答欄の大きさを考えると「やや不足?」感があるので、ここで傍線部直前の「小さな個性」についてもまとめる。
この判断は、字数や解答欄から考えるとよい。何が何でも対比、というわけではない。

内容は<解答要素>で確認されたい。

ちなみに<公式見解>によると、「小さな個性」もまとめる必要があるようである。

<公式見解>

問四は、問二で解答した「自由」の説明や、 問三で解答した工人、職人のあり方をふまえ、「小さな」個性から解放され自由になった先に得られる「大きな」個性とは何であるかが理解できているかを問う。直前の「小さな」個性と比較しつつ、具体的に説明する。

これを見ていると、「あからさまな対比」については書いた方がいいのかなあ…とも思ったり。さっきの内容とはやや矛盾するけどね。

<解答要素>

A 我執や好みや利己心と言った個人的かつ表面的な小さな個性ではなく、
→ 「小さな個性」の説明
B 伝統的な作業をこなす中で醸成され、作品に反映される作り手独自の作風
→ 「大きな個性」の説明。ポイントは「伝統的な作業/修行で培われる」+「作品に反映される作風/個性」という書き方ができるかどうか、である。

〇問5 換言

<タケガワ解答>
作り手が美しいものを見出す眼力を持ち、それを自分で仕事に生かすべく内省し解釈したうえで、そこに作為や個人的な意図やねらいを感じさせず、なおかつ他者の作品とは異なるものであるという、作り手の個性が反映されている作品を作り出さなければならないということ。

<解答根拠>
設問で問われていることは2つである。

⑴ 「民藝における創造の核心」
⑵ 「比喩」(=食べる)の解釈

⑴を考えていくうちに⑵が見えてくる……という作業に結果論だが、なるかなと。これは「論のまとまり」単位で考えていると、「食べる」の比喩に対応する「消化」の語が見えてくるから、ともいえる。傍線部「まで」で考えないこと。あくまでも「論のまとまり」の単位で考えていこう

⑴の内容は⑫段落と⑬段落を押さえる。

A 美しいものを見出す
B それを仕事に活かすことを踏まえて内省/了解/解釈する

以上が⑫段落。

C 作るうえで作為やはからい(=個人的な意図やねらい)を感じさせない【=消化】
D 他者と異なる作品である/模倣ではない
E どこから学んだものかわからない/作者独特の作風が反映されている作品を作る

以上が⑬段落。これらの内容を見出すことができるかどうか、が勝負。内容の反映がどこまで出来ているかがポイント。

<公式見解>

問五は、問四をふまえて、筆者が考える「民藝における創造の核心」とは何かを問う。本文の主旨を把握できているかが問われる。 「食べる」 比喩を的確に解釈しながら、傍線部以後本文の最後までの二つの段落で述べられている、「眼と手」の問題や、「消化」するとはどういうことかを、自分の言葉でわかりやすく説明することが求められる。

これも作り手側の匙加減ではあるけれど、大阪市大の頃からある程度設問間の関連はあるよなあ、という印象。

<解答要素>

A 美しいものを見出す
B それを仕事に活かすことを踏まえて内省/了解/解釈する
C 作るうえで作為やはからい(=個人的な意図やねらい)を感じさせない【=消化】
D 他者と異なる作品である/模倣ではない
E どこから学んだものかわからない/作者独特の作風が反映されている作品を作る

◇大問2 解説

〇論理展開

本文は14段落あるが、論のまとまりは3つに分けられる。

⑴ 封建社会と市民社会の対比(①~④段落)
→ 封建社会は「宿命論」により規定されており、伝統的に守られてきた習俗や慣習法が中心となり、個人の自由はないが、一方で個人の悩みもなく、安定度の高い社会になる。一方で、近代市民社会は、人間の持つ自由な面を重視して社会秩序を形成しているので、人々の自由意思が認められるが、一方で、個々の能力が前面に出るので、能力のないものが脱落していく不安定な社会でもあった。

⑵ 近代市民社会における秩序維持について(⑤~⑬段落)
→ 近代市民社会では個人の自由が優先されるが、これで社会の秩序は保たれるのか、という問題がある。秩序維持のためには個人が守るべき義務を負い、それを各自が同意していることを意味している。これは個人間の売買から、学校生活、さらには国家と国民の関係に敷衍される。

⑶ 近代市民社会の自由の倫理の限界(⑭段落)
→ 近代市民社会の自由は「理性ある人間」を前提としているのであり、子供などには想定されていない。また、デザイナーベイビーなど、個人の自由と選択を拡大解釈した事態も技術的には可能になりつつあり、これまでの近代市民社会の自由は揺らぎつつある。

〇問1 漢字

a 異議 b 嫌 c 委

〇問2 空欄補充

国家

〇問3 空欄補充(接続語)

エ(だからこそ)

〇問4 換言

<タケガワ解答>
近代化した社会であるにもかかわらず、法体制は社会体制の維持を目指した中央集権国家体制を目指したのに対して、個人の自由を重視して社会秩序を形成しようとする市民側から反対が起こり、自由民権運動につながったこと。

<解答根拠>
今回の問題は2点ほど考えなくてはならない。

A 「矛盾」の説明
B Aを具体的な状況に落とし込んで説明する。

予備校解答などにおいてはAの説明は十分だが、Bの説明が不足しているものも散見される。問題指定はしっかりと守ろう

A 矛盾の説明
→ これは封建制と市民社会について考えていけばいい。
⇒ 封建社会は「伝統的な習俗や習慣が優先」されるので、「社会秩序が個人に優先する」ものである。一方で、近代市民社会は「個人主義/個人の自由」を目指すものなので、両者は必然的に「矛盾」する。

B 具体化
封建社会は、明治期においては「中央集権国家」などが浮かぶのではないだろうか。また、市民社会においては「自由民権運動」などが対応するだろうか。三島由紀夫の『春の雪』なんかもこの矛盾に苦しむ人間を描いたと言える。

<公式見解>

問四は、封建身分制社会と近代市民社会の違いという本文前半の主要論点が理解できているかどうか、その違いが倫理面でどのような矛盾として現れるか、具体的に理解できているか否かを問う。

<採点要素>

A-1 「社会秩序が個人に優先する」という内容(封建制)
A-2 「個人の自由を目指す」という内容(身分社会)
B  A-1/2を具体化できているか

〇問5 換言

<タケガワ解答>
社会の体制を維持するために個人が負うべき義務を、個人と社会の間で合意した際には、その義務を履行するために個人の行動が制限されても仕方がないということ。

<解答根拠>
傍線部の「合意」と「拘束」のそれぞれを説明すれば良い。

A「合意」
→ 
これは文脈から考えられる。要は「社会秩序を守るために必要な義務を個人が負うことを、社会と個人が合意すること」である。

B「拘束」
→ ここが公式見解の言うところの「敷衍」要素なのだろう。「拘束」は比喩表現と言える。「しばられる」とは誰が何にどのように「縛られる」のか。
これは「個人」が「義務の履行」のために「行動が制約されること」を意味しているのである。この解釈を「言語化できるか」がポイントになるだろう。

<公式見解>

問五は、「合意は拘束する」という簡潔な命題の形で表現されていることの内実を、前後の文脈から言葉を補って敷衍できるか否かを問う。

<採点要素>

A 「合意」要素
→ 社会の体制を維持するために個人が負うべき義務を、個人と社会の間で合意する
B 「拘束」要素
→ その義務を履行するために個人の行動が制限されても仕方がない

〇問6 理由説明

<タケガワ解答>
近代市民社会においては個人が利己的に振る舞うのではなく、個人が自由を意志を発揮したうえで、社会全体の秩序を維持するための義務を負うことを選択していると言えるから。

<解答根拠>
理由説明問題。構文を考えよう。

<想定構文>
自由と秩序が対立していない、何らかのポジティブな関係を持っているから「両立」するのだ。

これは、問5とも関連している
⑨段落の説明を踏まえると、人々は「自由意思」によって「秩序」を守るための義務を負うことを選択しているのである。だから両立していると言える。

これは問5の内容が分かっていないとおそらく正解にはたどり着けない、、または正解する可能性は極めて下がると言えるだろう。

<公式見解>

問六は、「自由」と「秩序」という一見矛盾した概念がどのように両立するか、すなわち、本文後半の鍵概念である、市民社会の「同意の原理」というものが理解できているか否かを問う問題。

<採点要素>
自由意思で秩序を守る義務を選択している
という内容になっていればOK。

〇問7 空欄補充(25字記述)

<解答>

個人の自由と選択を拡大するものとして
※この解答例は、原文通りであり、解答の一例である。

<所感>
これは難しい……。
「拡大」の要素が入らないと思われる。
よって「個人の自由と選択の一つ」ぐらいが書けていればいいだろう。

◇ 全体的な感想

〇分量について

大阪市大時代よりも大問1は多いが、大問2はやや少なめ、という印象。総量は例年通りとなる。

〇設問内容について

端的に言うと、論のまとまりを確認する力が問われていると言える。
自分でまとめていて、「これ、ほとんど設問の答えやん…」と思っていた。
論理構造を意識して読んでいく癖をつけていこう。

また、設問間で関連(つながり)があることもあるので、意識していくといいかもしれない。

そして、比喩換言は大阪市大時代からの頻出問題である。こちらの手順の確認もしっかりと行っていこう。



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