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デザインにできないこと - シルビオ・ロッソ著|読書log

つい先日発売された『デザインにできないこと(BNN社)』が個人的にヒットする内容だったので、備忘録として。

シルビオ・ロッソはポルトガルの作家でありデザイナー。ヴェネツィアでデザイン科学の博士号を取得しており、友人からはーーあくまで本書に関連する議論の中でーー『ドゥーマー(絶望主義者)』だとか『ブラックピルド(虚無主義者)』などと呼ばれているのだそう。

本書はデザイン、あるいはデザイナーの置かれている様々な<幻滅>を紐解く内容になっている。

“デザインに失望したと感じているなら、この本はあなたのためのものだ。”

帯文より

同僚などに向けて一応補足すると、私自身今のところデザインそのものに失望しているということわけでは無い。デザインの成功事例やポジティブなマインドセットをテーマにした本が多い中、冷静で批評的なスタンスがなんとなく貴重に感じたというところだ。

ただ、本書はエピローグにもあるように、解決策を提案したりはしないので、本当に失望しきっているデザイナーはトドメを刺されないよう注意が必要かもしれない。

以下に、「これは」と思った箇所を、自分に照らし合わせつつまとめます。

板挟みにあうデザイナー

“子供部屋に足を踏み入れる親なら誰でも知っているように、デザインが秩序についての取り組みであるならば、デザインの前提条件は空っぽではなくカオスの状態である。(中略)
デザイナーは、流動性があって調和している秩序という現代的な約束事をその専門性や職業上の理由から信じなければならないことと、偶発的な出来事に左右されやすいばかげた現実にとらわれることの間で板挟みとなって苦しんでいる。”

P.13 - 15

デザイン入門書などに、よく書かれている4原則。「近接」「整列」「反復」「対比」はどれも秩序を生み出す。グラフィックであれデジタルプロダクトであれ、デザイナーが何かを視覚化する際にこれらの行為は行われる。

転じて、ビジュアライズではない行為、いわゆる納品物ではないようなドキュメントや制度設計、ワークフローの整備まで、とかくデザインの原則を用いてデザインで整えられるものは多い。本書にもあるように、デザインは「他の専門分野の規律を受けない専門分野」という側面をもつため、使いようによっては様々な領域に侵食が可能だ。

“専門分野とは人為的に分類された知識の区画なのだ。(中略)専門分野が知識の地図上の小さな点だとすれば、脱専門的な空間すなわちデザインの空間は、その隙間に存在する空白の領域だ。”

P.104

ここまで書くと、デザインの「できないこと」というより可能性の話に聞こえる。むしろデザインの可能性の広さに期待感すら抱くが、比較的ポジティブなパートを引用しているだけとも言える。

話を戻すと、実際のところ、デザインは領域を選ばずにその方法論を用いて、秩序をもたらすことが可能な状況が多々ある(良い意味でも悪い意味でも)。個人差あるだろうが、ある意味で混沌が目につきやすいデザイナーだからこそ、それらの解消についつい意識が向いてしまうこともまた多いのかもしれない。

とはいえ、二つ前の引用にもあるように、現実のプロジェクトは偶発的な出来事の連続で、混沌を受け入れたほうが前進するケースも多いにある。自戒の意味で、自分はデザイナーとしてそもそも引っ張られやすい性質があるのだと頭に入れておきたい。

見えない存在になる

“デザインが秘める野望とは、見えない存在になることだ。つまり、文化に馴染み、背景に溶け込むこと。デザインにおける最高の成功とは、どこにでもある、ありふれたものになることだ。”

P.67 - ブルース・マウ、ジェニファー・レオナルドのコメント

私が仕事で携わることが多いデジタルプロダクトのデザイン、特にモバイルアプリは上の引用文のような側面がある。

実際、モバイルアプリのデザインは配信プラットフォームのAppleやGoogleが示すガイドラインに沿うことが推奨されているし、有名なSNSやカメラアプリなどなど、インストールしなくても機能とUIのイメージがずれないものがほとんどだと思う(違ったら違ったで困る)。

まさに文化に馴染み、背景に溶け込んでいるわけだが、誰もが見慣れたこれらのUIを「じゃあ作ってください」と言われれば、当たり前だが途方もなく難しい。

世のアプリが年々均質化してきているといわれる中、各種ガイドラインを順守しつつ、それでいて他社との差別化になるUXや、ブランディング、機能などを頭を捻って考えなければいけないのだから、つくづくデザイナーとは大変な職業だ。そういう部分こそ楽しかったりもするのだが。

“多くの人々にとってデザインは目に見えない。失敗するまでは”

P.70 - ブルース・マウ、ジェニファー・レオナルドのコメント

(あまり良くない意味で)デザインしすぎたり、本質を見誤ったりすると、意図しない形でデザインは立ち現れてしまう。よくよく肝に銘じておきたい。

なんだか全然幻滅していないが

“希望なきデザインとは「デザインする具体的な対象物を持たずにデザインせざるを得ないことから生じる逆説的な行動であるうえに、自信も意思も持たない状態である」。しかし、真の希望とは、本の最終ページに「書かれている」ものではなく、本の外側で、著者と読者の間、そして読書たち自身に築かれる親和性や連帯感のなかで見出される。だからこそ、まれに見る極めて絶望的な本こそ、真の意味で希望に満ちた本なのかもしれない。”

P.298

本書自体は最後までデザイナーの置かれた現状に対する解決策を提示しない。ツールの発展に伴うデザインのコモディティ化、デザイナーというキャリアに対するマイナスイメージのアンケート、デザインの持つ力の大きさゆえの危険性と混乱。読んでいるだけで気が重くなる章も多いが、不思議とやはり希望というか、元気の出る箇所も多い本だ。

一度読むだけで全容を理解できてるとは思いにくいが、きっと今後どこかで少しでもデザインに絶望したら、寄り添ってくれる本のように思う。

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