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トミカが宝物だった頃

実家の勉強机の引き出しから、一台のミニカー「トミカ」を見つけた。三菱パジェロミニのパトカー。白と黒の塗装は色褪せて所々剥がれており、いつの間にか過ぎていった時間の長さを物語っていた。

そっと手のひらに乗せると、昔の記憶が蘇る。このパジェロミニは、幼稚園生の頃、予防接種の帰りにご褒美として母に買ってもらったものだ。小さい頃からクルマが好きだった僕は、何かにつけてトミカを買ってもらっていたのだった。

おもちゃ屋さんで、棚に並んだ何十台ものトミカの中からお気に入りの1台を選ぶ幸せ。それを買ってもらい、赤と白の箱を開けて、ビニールの包みからピカピカの車体を取り出すあのワクワク感。そんな感情が鮮明に蘇り、少し胸が締め付けられた。

僕はどこに出掛けるにも、ミニカー1台あれば大人しくしている子だったそうだ。かつて我が家にはプラスチックの衣装ケースが一杯になるほどのミニカーがあった。15年ほど前の引っ越しのときにほとんど処分してしまったのは、ちょっと勿体なかったかもしれない。

他にもさまざまな乗り物が好きだったが、クルマ(=乗用車)は特別だった。父が休みの日は、ダイハツ・シャレードでドライブに連れて行ってもらうのが何よりの楽しみで、小さく古いセダンだったが、その助手席は僕の特等席だった。自分も大人になったら必ずクルマを買って運転したいと、強く思っていたものである。

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なぜ、電車でもバスでも飛行機でもなく、クルマが好きになったのかはわからない。工業製品としてのカッコよさや、知り尽くせないほどのモデルの多様さなど、理由を挙げればたくさんあるだろう。ただ、今にして思うのは、僕はクルマの自由さに惹かれていたのかもしれない。

クルマは、自由な乗り物だ。電車のように決められたレールは必要ないし、バスのように路線に縛られることもない。免許を持っていれば、誰もが運転手となり、自分の好きなときに、好きな場所に行ける。道路が続いている限り(ときには道路がなくても)、辿りつけない場所などないのだ。

僕の育った東北のまちは、電車は市を南北に走る一路線だけ、しかも一時間に2本ほどしか来ない地域なものだから、クルマなしではどこにも行けない。目的地が駅から徒歩圏内にあることなどほとんどないし、近くのスーパーだって歩いて行くには少し遠い。クルマは生活をするうえで必要不可欠なのである。そんな地域だからこそ、「免許を取ってはじめて一人前」という考え方もあったように思う。

だから、高校三年生になると、地元で就職する友人たちは教習所に通い始め、高校卒業ととともに自分のクルマを手に入れる。あのまちでは、ダイヤに束縛される電車は子どもの乗り物だった。自分の意志で自由に移動できるクルマこそ、大人になることの象徴であり、それまでの行動範囲であった日常の世界から、非日常の世界に飛び立つことのできる道具なのである。

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そういえば、そんな胸が高鳴るほどのクルマへの想いを、僕はいつの間にか忘れてしまっていたのかもしれない。東京の大学に進学して地元を離れた僕は、結局社会に出た今もクルマを手に入れてはいない。休日に近所のカーシェアリングで借りて運転をすることはあっても、自分のクルマを持ちたいという欲が、気づかぬうちに薄れてしまっていたことにハッとした。

たしかに、クルマはお金がかかる。都会で暮らしているぶんには、持っていなくても何も困らない。理屈の上では、合理的に考えれば、その通りだ。でも、クルマが大好きで、大人になったら自分の1台を手に入れることを夢見ていた小さな僕が、今の自分を見たらちょっと悲しむかもしれないなと、すこし申し訳なくなった。

人生において、自分が本当に大切にしなくてはならないことはなんだろうか。生きることの豊かさは、時に合理的な選択では計れないのかもしれない。社会の力学に押しつぶされて、毎日の忙しさにかまけて、諦めてしまったことやこぼれ落ちてしまったものを、ただ黙って見送るだけの人生は楽しくないような気がした。

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手のひらのパジェロミニが、小さな僕の気持ちを思い出させてくれた。

いつかクルマを買って、トミカが宝物だったあの頃の夢を叶えたい。だいぶ遅れてしまったが、「大人」の仲間入りには、きっとまだ間に合うはずだ。

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散歩とクルマが好きです。自分のことや、まちを歩いて考えたことを、少しずつ書いていこうと思います。

コメント1件

いいなぁ。懐かしさが蘇りました。
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