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夢は諦めてもいい。死ぬことすらできなかった自分へ

死ぬことすらできなかった

僕は、骨が弱く、折れやすい身体で生まれました。
骨形成不全症という、2万人に1人の割合で発症する病気です。
これまでに骨折は20回以上。手術も10回以上は受けました。

幼稚園から小学校低学年の頃まではなんとか歩けました。
でも、小学校4年生になった頃から、車いすを使うようになりました。

歩きたい。みんなと一緒に走りたい。
そう思い続けて高校生になった僕は、休学し、自分の意志で手術を受けました。

結果。
自分の足で歩くことは、叶いませんでした。

目の前が真っ暗になり、先が見えなくなりました。
退院して高校に戻っても、同級生の友人たちより、学年が一つ下になります。
当時は家族ともギクシャクしていました。
僕に戻る場所はありませんでした。

病室が消灯してから、エレベーターで屋上に行きました。
飛び降りて、死のうと思ったんです。

でも、できなかった。

屋上の柵の高さは2メートル以上。
手をかけてよじ登ろうとしましたが、私の足では無理でした。
「死ぬことすらもできないのか」と、柵にしがみつき、泣きました。

登りきった先の景色を見るということ

何もする気になれず、病室のベッドの上でぼうっと日々を過ごしました。

ある日、同じ病室で入院している富松さんというおじいさんが、僕に話しかけてくれました。
「あんまり具合が良くないのか?」と。
誰にも話す気にはなれなかったのに、なぜか富松さんには、打ち明けることができました。

富松さんは、うんうん、と僕の話を聞いてくれました。
そして、こんなことを言いました。

「君はちゃんと、登りきった先の景色を見たのかい?」

その時、僕はどん底にいました。
ここから登っていくイメージなんて、ありませんでした。

「人生はバネなんだ。今はしんどい時期だろう。でも、それはバネがギュッと縮んでいる状態だ。いつかバシッと伸びるから、信じて、今を乗り越えなさい」

富松さんの言葉は、僕の心にじんわりと染み込みました。
背中を押された僕は、もう一度、リハビリを頑張ろうと思いました。

結局、リハビリをしても、状態は良くなりませんでした。
でもあんなに切望していた「自分の足で歩く」という夢を諦めたのに、不思議なほど、挫折感がありませんでした。

それは僕が、リハビリを全力でやりきったからだと思います。
「登りきった先」というのは、頂上という意味だけではないことに気づきました。
望んでいた結果を得られなくても、自分が納得いくまでやりきったら、それも登りきったと同じです。

夢は、諦めても良かった

自殺をしようとしたのは、僕の空間と時間に対する感覚が、ズレていたからです。
当時の僕にとって、病室も、教室も、実家も、居場所と感じられませんでした。
そして、“今”しか見えていませんでした。

歩けなくなった自分には、戻る場所も無いし、未来もない。
だから、死にたい、でいっぱいになりました。

けど、現実は違いました。

居場所はいくらでも、自分で選ぶことができます。
お金さえあれば、行けないところはありません。

時間だって同じです。
その瞬間は“今”しか見えなくても、時間はどんどん流れていきます。
時間が変われば、状況は変わります。

僕はただ、空間と時間を、正しく認識できなかっただけです。
死ぬくらいなら、夢を諦めて良かったんです。

居場所が無いのは、場所のせいじゃない

空間と時間の認識がズレていたのは、僕が、歩けない自分を受け入れられなかったからです。
現実を受け止められなければ、どこにいても辛いままでした。

でも、大学生の時、アルバイト先の社長に言われました。

「歩けない自分に胸を張れ。車いすに乗っていることで、お前は、お客さんから覚えてもらえる。それは強みなんだ」

当時、僕は営業の仕事を担っていました。
お客さんに顔を覚えてもらえるというのは、確かに営業マンにとっての強みです。

社長の言葉は、心のよりどころになりました。
今では、障害を価値に変える「バリアバリュー」という理念を、ミライロの理念にしたくらいです。

思えば僕は、歩きたい、車いすに乗る自分がかっこ悪い、と無い物ねだりばかりをしていました。
自分はこう生きよう、と思うことができれば、無いものねだりをしなくなります。
居場所が無いというのは、場所のせいじゃない。
自分の考え方のせいなんです。

僕の場合は、富松さんや、アルバイト先の社長に出会えました。
でも、考え方を変えさせてくれるのは、一冊の本かもしれないし、一曲の音楽かもしれません。

「51:49」の比率を目指して、生きる

今日までの僕の人生を振り返ると、嬉しかった:苦しかったの比率は、30:70くらいだと思います。

人生の最期を迎える瞬間に「51:49」くらいにできたら良いです。
今、嬉しかったの比率を、少しずつ増やしているところです。

絶対に辛いことは、これから先もあります。
逃げても、泣いても、夢を諦めてもいいから、諦めずに生きる。
それが今、僕が目指していることです。

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障害を価値に変える「バリアバリュー」という理念のもと、株式会社ミライロを経営しています。車いすに乗る高さ106cmからの気づき、過去や未来に向き合うこと、日常などを書きます。