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アラン蒸溜所でウイスキー樽買いするとおいくらかかるか問題

はじめに

5月にスコットランドに行くかもしれないのでさまざまな蒸溜所のHPをつらつらと眺めているのですが、アラン蒸溜所でファーストフィルのバーボン樽とシェリー樽熟成のウイスキーを樽売りしているのを発見。新興蒸溜所の常として、かつては樽売りしていたのは知っていたのですが、まだやっているとは知らなかった。HPで、現時点での樽売りの値段、保管料や保険、酒税、ボトリング代その他の費用、輸入手続きなどが包み隠すことなく生々しく正直に書かれてあったのでとても興味深く、備忘録も兼ねてまとめてみました。最近「ウイスキーの樽に投資しませんか?」みたいな話も日本でよく聞こえてきているので、ご参考まで。

(表紙の画像は蒸溜所からお借りしました  the picture above is from the Arran Distillery website, if any issues please let me know, this blog article is in-detail explanation of Arran cask offer 2022 in Japanese)

アラン蒸溜所について

まずはアランについて簡単にまとめておく。正式名称はThe Isle of Arran Distillery、アラン島蒸溜所。スコットランドのキャンベルタウンのあるキンタイヤ半島の東側にあるアラン島の北西のロックランザ*1にある、1995年創業と比較的若い蒸溜所。ちなみに半島の西側にはウイスキーの聖地アイラ島がある。

創業者はハロルド・カリー。18の時に英国陸軍王立装甲軍団に入隊、第二次世界大戦で最大の激戦と言っていいノルマンディー上陸作戦に、狙撃兵として参加。ドイツ武装親衛隊戦車部隊との激しい戦闘で、部隊の半数は戦死した中を生き残った。2015年には、彼の所属した連隊の最後の生存者としてフランス政府から最も名誉ある勲章であるレジオン・ドヌール勲章を受賞。戦後酒販店で働いたあと、1960年にカナダのシーグラムの創業者であるサミュエル・ブロンフマンから直々にシーグラムのイギリス事業の共同経営責任者にスカウトされ、グラスゴーのシーバスブラザーズでスコットランドでのビジネスを統括、1971年のブロンフマンの死後はイギリス全体を統括するようになった。

ハロルドはスコットランドプレミアシップに属するサッカーチーム、セント・ミレンFCの会長も務め、1974年にセント・ミレンFCの監督にアレックス・ファーガソンを抜擢。のちにファーガソンは1986年から2013年までマンチェスター・ユナイテッドを率いて名将と呼ばれた。

ペルノ家とリカール家が統合し、1975年にペルノリカールが誕生した時、ハロルドはイギリス事業の責任者となり、1982年に引退。

1990年代に入って島に蒸溜所を作るアイデアを温めていたアラン島の地主、デイヴィッド・ハチソンと共に、1837年にラグ蒸溜所が閉鎖されて以来初めてとなる島での正規蒸溜所創業を目指し、1994年12月にアラン蒸溜所の建設を開始、翌1995年の夏に蒸溜が開始された。ハロルドが70歳の時のことだった。

2016年に91歳で亡くなる直前まで、ハロルドは足繁くアラン蒸溜所を訪れていたという。

最近では珍しくなくなったが、いわゆるクラフトウイスキー蒸溜所、マイクロディスティレリーのはしり。創業初期の頃は自前の熟成庫がなかったため、スプリングバンク蒸溜所の熟成庫に樽を送っていた。

最近飲み始めた方は信じられないかもしれないが、初期はアランのウイスキーを酷評する人も少なくなかった。だが徐々に実力が認められるようになり、2007年にはスコットランド最優秀蒸溜所賞とスコットランド最優秀飲料生産者賞をダブル受賞。現在は25年ものもリリースし、高い評価を得ている。

ウイスキー樽売りの詳細

現在買うことのできる樽の選択肢、アラン2022年カスクオファーはこの二つ。

ファーストフィルのExバーボンバレル、約200リットル、お値段3750ポンド、約60万円。

ファーストフィルのExシェリーホグスヘッド、約250リットル、お値段4995ポンド、約80万円。

ただしこの値段は保税倉庫内から出さないベースでのお値段。これとは別に酒税とVAT(イギリスの付加価値税、日本の消費税のようなもの、日本に輸出する場合は免税)、ボトリング費用などがかかる(後で詳細を述べる)。ただし上記の値段には10年間の熟成保管料と保険代が含まれている。

ファーストフィルではなくセカンドフィルその他の樽も時々あるそうで、値段は応談とのこと。

ボトリング(瓶詰め)までの熟成年数は10年がおすすめとされてはいるものの、樽のオーナーが望めば長期熟成も可能。ただし年単位で追加の熟成保管料と保険料が10年後以降に決められる値段でかかる。また、半分だけ10年でボトリングし、残り半分はより長期間熟成させる、というようなことも可能。

熟成はアラン島南部に最近建設された、ピーティーなウイスキーを作る姉妹蒸溜所であるラグ蒸溜所の貯蔵庫で、他のアランの原酒とともに行われる。ただし例外的な事態が起きた場合アラン島から別の場所に移される可能性もあるため、ずっとアラン島で熟成されるとは保証されていない。

樽のオーナーは、5営業日前までに連絡することにより、毎週金曜日の10時から15時の間、蒸溜所にて自分の樽をチェックすることが可能。もしカスクサンプルを試したい場合は10営業日前までの連絡が必要。繁忙期には対応できない可能性もある。

毎年一度、200mlのサンプル瓶をカスクオーナーに送ってくれるが、あくまでも蒸溜所長の裁量による。

蒸留所にはボトリング施設がないため、2つのボトリング業者を紹介してくれる。

46度でのボトリングが推奨されるが、最低40度からカスクストレングスまで好きな度数でボトリング可能。度数によって当然ボトルの取れ高が変わる。

樽にもよるが、毎年のエンジェルシェアは約2%、酒の量が減るだけでなく度数も落ちる。ボトリングの際に漏れることがあるが、1%減ることはまずない。

熟成年数、エンジェルシェアの程度などにもよるが、超ざっくりしたベースで言うと容量250リットルのホグスヘッドを10年熟成させて700mlのボトルに46度で詰めると、360本相当となる。容量200リットルのバレルだと280本相当だ。

蒸溜所が「アランシングルモルト」「アランモルト」「ロックランザ」「アラン島蒸溜所」の名称を世界で商標登録しているため、これらの名称をプライベートカスクのボトリングにあたって使うことはできない。「シングルモルト、アラン島ロックランザ蒸溜所生産」と書くことは可能。ラベルに関してはオーナーが自分でラベリング会社と交渉することとなっている。ラベルの原稿は事前に蒸溜所に送って認可してもらう必要がある。

税金その他手続き

樽から酒をボトリングし、保税倉庫から外に持ち出す際に酒税とVATを払う必要がある。

酒税は1リットルの純アルコールに対して2022年1月時点で28.74ポンド課税される。700mlボトルで46度でのボトリングの場合、1ケース12本あたり111.05ポンドとなる。VATは現在20%。

イギリス国外に輸出される場合は酒税とVATは免税となるが、日本に輸入する際日本の消費税と酒税が課税される。

樽をボトリング前に他人に売却する際は、蒸溜所にその事実を知らせ事前に許可を取る必要と、新たな買い手が当初の売買条件について改めて合意をする必要がある。

税金その他費用も含めた最終的な概算価格

「ファーストフィルのExシェリーホグスヘッドは約250リットル、お値段4995ポンド、約80万円」と最初に書いたが、Exシェリーホグスヘッド1樽あたりのコミコミでのお値段は以下の通りとなる。

樽購入代(10年の熟成保管費と保険代を含む) 4995ポンド
ボトリング費用(1ケース12本あたり約29ポンドx 30ケース分) 870ポンド
樽移動費(ボトリング業者向け輸送・手続き費用) 150ポンド
酒税
(純アルコール116リットル、税率28.74ポンド/リットル想定)3333.84ポンド

以上小計 9348.84ポンド

VAT(20%想定)1869.77ポンド

合計 11218.61ポンド(約179万5000円@1ポンド160円)

これが46度で詰められた700mlボトル360本合計の金額なので、1本あたりは31.16ポンド(約5000円)となる。

ちなみにアラン10年のオフィシャルボトルの希望小売価格は37.99ポンドだ(約6080円)とわざわざ正直/丁寧に記載がある。

ただしこれがアップルトゥアップルの比較になるかというとそうではない。オフィシャルボトルは様々な樽の原酒がヴァッテッドされて加水されたもので、樽買いして詰めた場合のシングルカスクとは異なる。またラベリングの費用は含まれていない。

日本に輸出して免税手続きがうまくいけば、酒税とVATがかからないので1樽6015ポンド、1ポンド160円換算で96万2400円、1本2673円。これに日本への輸送費と、酒税・消費税約10%程度がかかる。ちなみにアラン10年の日本での平均的な価格は税込4000円強。

どうですか?樽買いたい気がしてきました?日本で自家消費せず、売りさばくためには酒販免許の取得が必須なので、念のため。また商業輸入と見做されると、食品衛生法上の手続きも必要となる。

日本に関する情報など、一部は筆者が加筆しましたが、蒸溜所HPにここまで生々しく書かれていたことにやや感動しました。特に自分のところのオフィシャルボトルとの値段の比較が明記されていたのは正直でとても好感が持てました。

原文を読みたい方はこちらをどうぞ。


*1 「Lochranza」を「ロックランザ」と読ませるのは個人的にやや抵抗があり、「ロッホランザ」と言いたいところなのだが、先人たちが「ロックランザ」と書いているケースが多いのでそれを踏襲している
*2  この記事を書いた次の日にバーに行ったらいろんな人から「アランで樽買うんですか?」と聞かれたが、夢があっていいとは思うものの同じウイスキーを360本手に入れても持て余すだろうし10年後に酒が飲める体でいられるかどうか自信がないので飛びつきはしない

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