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【パロディ】桃太郎

 日本一の桃太郎は犬猿雉の三匹と、人質に取った鬼の子供に宝物の車を引かせながら、意気揚揚と故郷へ凱旋した。――これだけはもう日本中の子供のとうに知っている話である。ただ鬼を仕留めた後、桃太郎を始め同志のものはどう云う運命に逢着したか、それを話すことは必要である。なぜといえば御伽草子は全然このことは話していない。
 いや、話していないどころか、あたかも桃太郎は犬猿雉と共に村で太平無事な生涯でも送ったかのように装っている。
 しかしそれは偽である。彼等は故郷へ帰った後、程なくして幼児誘拐と殺人罪(正確には殺鬼罪であるが)で警察に捕縛され、ことごとく監獄に投ぜられた。しかも裁判を重ねた結果、主犯桃太郎は死刑、犬猿雉等の共犯は無期懲役の判決を受けたのである。御伽草子のみしか知らない皆さんはこういう彼等の運命に、怪訝の念を持つかも知れない。が、これは事実である。寸毫も疑いのない事実である。
 桃太郎は桃太郎自身の言によれば、鬼たちが散々近隣の村々を荒らしまわった。だから自分が鬼を成敗したのだと弁明した。しかしそれは全くの事実無根で、桃太郎の虚言であることが警察の捜査により判明した。元来、鬼は平和的な種族なのである。瘤取りの話に出て来る鬼は一晩中踊りを踊っている。一寸法師の話に出てくる鬼も一身の危険を顧みず、物詣での姫君に見とれていたらしい。
 大人の鬼は子供の鬼へ、常々こう言っていたそうである。「お前たちも悪戯をすると人間の島へやってしまうよ。人間の島へやられた鬼はきっと殺されてしまうのだからね。え、人間というものかい? 人間というものは角の生えない、生白い顔や手足をした、何ともいわれず気味の悪いものだよ。おまけにまた人間の女ときた日には、その生白い顔や手足へ一面に粉をなすっているのだよ。それだけならばまだいいのだがね。男でも女でも同じように、嘘は言うし、欲深いし、自惚れは強いし、愚かだし、仲間同志殺し合うし、火はつけるし、泥棒はするし、それは手のつけようのないけだものなのだよ……」
 桃太郎はこういう罪のない鬼たちに建国以来の恐ろしさを与えた。鬼たちを捕まえては殺戮を繰り返し、あまつさえ金品までも略奪したのである。これは強盗殺人以外の何物でもない。
 だから桃太郎の弁護に立った、雄弁の名の高い某弁護士も、裁判官の同情を乞うよりほかに、策がなかったらしい。その弁護士は、差し入れの桃を渡しながら、気の毒そうに、「あきらめ給え」と云ったそうである。もっともこの「あきらめ給え」は、死刑の宣告を下されたことをあきらめ給えと云ったのだか、弁護士に大金をとられたことをあきらめ給えと云ったのだか、それは誰にも決定出来ない。
 その上、テレビ、新聞の世論も、桃太郎に同情を寄せたものはほとんど一つもなかったようである。桃太郎の鬼殺しは
異民族に対する虐待に他ならない。しかも、金品を強奪しておきながら、堂々と村に帰ってくるあたり、反省の念は微塵もない。――という非難が多かったらしい。現に日本鬼連盟会長は大体上のような意見と共に、桃太郎の犯罪は異文化を排除しようとする時代遅れの思想に基づいたものであり、国際化が進む昨今では、桃太郎のような人間を社会に放逐するのは危険極まりないと論断した。そのせいか鬼ケ島惨殺事件以来、この会長はガードマンの他にも、セキュリティシステムまでも導入したそうである。死刑判決の出た日、テレビでは被害者の遺族が出演し、これでやっと故人にお墓で報告することが出来ますと涙ながらに語り、視聴者の涙をそそった。
 かつまた桃太郎の犯行はいわゆる識者の間にも、一向好評を博さなかった。大学教授某博士は倫理学上の見地から、桃太郎の無差別殺戮は情状酌量の余地すらなく、社会秩序に対する挑戦だと言った。さらに精神医学の某権威は、桃太郎が子分を引き連れて鬼を襲撃したことより、極めて計画的で狡猾な犯行で、犯人が精神を病んでいた筈はなく、精神鑑定の必要は全くないと断言した。それから某法務大臣は、最近大人社会において、残虐な事件が頻発している風潮がみられ、こうした卑劣な行為を断じて許さないとの思いを国民が共有して頂きたいと語った。それから某新興宗教の某師は、桃太郎は憲法九条を知らなかったらしい、憲法九条を知ってさえいれば、鬼たちを虐殺しなかったろうに。ああ、思えば一度でもいいから、わたしの説教を聴かせたかったと涙を流しながら訴えた。それから――また各方面にいろいろ批評する名士はあったが、いずれも桃太郎の犯行には不賛成の声ばかりだった。そう云う中にたった一人、桃太郎のために気を吐いたのは与党の某代議士である。代議士は桃太郎の鬼退治は武士道の精神と一致すると言った。しかしこうした時代遅れの議論は誰の耳にもとまるはずはない。のみならず週刊誌のゴシップによると、その代議士は鬼ケ島の鬼たちが自分の対立候補に組織票を投じたことを遺恨に思っていたそうで、これは大いに世間の人々の失笑を買った。
 御伽草子しか知らない皆さんは、悲しい桃太郎の運命に同情の涙を落すかも知れない。しかし桃太郎の死は当然である。それを気の毒に思いなどするのは、人間は善で、鬼は悪であるという極めて画一化された思想に洗脳されている証拠である。世間は桃太郎の死を是なりとした。現に死刑の行われた夜、判事、検事、弁護士、看守、死刑執行人、牧師等は四十八時間熟睡したそうである。その上、皆夢の中に、天国の門を見たそうである。天国は彼等の話によると、封建時代の城に似たソープランドらしい。
 ついでに桃太郎の死んだ後、桃太郎の家族はどうしたか、それも少し書いて置きたい。
 お爺さんは桃太郎をそそのかし、事件を陰で操ったのではないかという疑惑を受け、『疑惑のお爺さん』と命名されマスコミに追いまわされた。さらに桃太郎の管理不行き届きだと言って、世間の人々から大いに非難された。しばらくして、彼は海外へ逃亡した。厳しい目に晒され続けるのに耐えられなかったのであろう。
 お婆さんは売春婦になった。なった動機は貧困のためか、彼女自身の性情のためか、どちらか未に判然しない。意外に床上手だったので老人会の常連が沢山いたそうである。
 犬は判決後、改心し罪を悔い改めた。模範囚だったので、暫くして仮出獄することができた。やがて別の老人にシロという名で飼われるようになり、「ここほれワンワン」なる名言を残すばかりでなく、宝のありかを老人に教え、一躍スターダムをのし上がった。しかし慢心したのであろう。隣の老人に嫌がらせをしたばかりに、叩き殺されてしまった。ところがその死後、灰となり見事に花を咲かせ、隣の老人に復讐を果たしている。現在その子孫は銅像になって某駅で西郷隆盛と一緒に並んでいるらしい。
 猿は生来の吝嗇さゆえか、獄中で柿を巡って蟹といさかいを起こし、誤って蟹を殺害してしまった。そのため、別の蟹に恨みを買ってしまい、蟹、臼、蜂、卵等に集団リンチを受け、獄中で死亡した。
 雉は脱獄に成功した。しかし逃亡途中に油断して鳴いてしまったために、猟師に鉄砲で撃たれ、漁師の晩御飯になったそうである。――嗚呼、雉も鳴かずば撃たれまい。
 とにかく鬼と戦ったが最後、桃太郎は必ず天下のために殺されることだけは事実である。語を天下の読者に寄す。君たちもたいてい桃太郎なんですよ。

(平成十五年三月)

小説が面白いと思ったら、スキしてもらえれば嬉しいです。 講談社から「虫とりのうた」、「赤い蟷螂」、「幼虫旅館」が出版されているので、もしよろしければ! (怖い話です)