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100日後に死ぬワニを読むと、某新興宗教を思い出す

「100日後に死ぬワニ」については、ご説明の必要はないでしょう。

きくちゆうきさんというイラストレーターが、昨年12月12日から、Twitterなどで連載している4コマ漫画です。

内容は、たわいもないワニの日常。

しかし、その最後に、「死まであと99日」という不吉なカウントダウンが添えられます。

4コマ漫画は毎日更新されて、1日ごとに「死まであと98日」「死まであと97日」とカウントダウンが進んでいきます。


大ブレイク

この漫画が、バズりにバズりました。

きくちゆうきさんのツイッターのフォロワーは、1月4日に32万人、3月19日現在は157万人という感じ。

フォロワー数

(ワニの死が迫ると、フォロワー数の伸び率も上昇)

フォロワーだけでも150万人以上が、ワニを見守っています。
そして、そんな彼らが毎日リツイートするので、別にフォローしていない人まで、タイムラインに毎日ワニが流れてくる状態。

いまのネットでは、ただ「ワニ」とだけ言えば、100日後に死ぬやつのことです。
本物のワニの話をしたいときは、「100日後に死ぬやつじゃなくて、動物のワニの話なんだけど……」という前置きが必要です。


いちおうの説明

この漫画のギミックについては150万人によって語り尽くされており、いまさら書くこともないのですが、いちおう少しだけ……。

ありふれた日常を送るワニの姿を見て、「100日後に自分が死ぬことも知らずに…」という思いを抱く読者自身も、いずれは死ぬ存在です。
もしかしたらワニより先に死ぬかも知れないのに、自分は100日後にワニの死を見届けられると確信して、日々を過ごしています。

この漫画を読んだ人は、そんな自分を自覚させられて、全人類が「?日後に死ぬ人間」であるということに、思いを巡らされます。

そんなテーマが、ツイッターという媒体の特性を最大限に生かした形で表現されました。

アニメという媒体では、「いかにも主要登場人物っぽい魅力的なキャラが、第3話であっけなく突然死ぬ」という表現がありました。
それはそれで、選ばれし者が何かを成し遂げるのが当然のロボットアニメという媒体のお約束を利用して、唐突に命の軽さを突きつけてくる、素晴らしい趣向でした。
そんな感じで、メディアごとの特性を生かした表現みたいなものはあります。

ワニの場合は、毎日見るSNSという媒体で、普通に暮らすワニの姿を100日間見せ続けるという発想が、秀逸でした。

読者は最初、ワニが死ぬのは90日後……まだまだ先だなと思うのですが、あっという間に、もう明日です。
ワニが死ぬまでのカウントダウンは、自分が死ぬまでのカウントダウンの進行でもあり、それがあっという間に進んだことを意識させられます。

それは、当たり前のようにタイムラインに流れてくるワニと実際に同じ100日間の日常を過ごしたことで得られる感覚。

ツイッター連載ならではの表現でした。

あと、100日という期間設定も長すぎず短すぎず、犬やネコではなくワニというチョイスも良かったと思います。


ワニの死に方について思うこと

これを書いている現在、3月19日。
明日、ついにワニが死にます。

この漫画のメインは、ワニと同じ100日間を過ごす体験。
結末は最初から決まっており、ある意味、最終回でワニがどうなるかは特に重要ではないと思います。

実際、この作品は基本構造を作った時点で勝利しており、基本的には、どんな最終回でも良さそうです。

最終回は4コマとも真っ黒に塗りつぶされているだけとか、突然ワニがこちらを指差して「死ぬのはお前だ!」と叫んで終わるとか、そんなんでもアリといえばアリでしょう。

地獄変

(日野日出志先生の『地獄変』)

大事なのは、もうすぐ死ぬという設定のワニと100日間過ごすことで私たちが得た感情だ……という観点からすれば、生存エンドですら、そこまで悪くはないのかも知れません。

ただ、構造からすると、やはり、ワニが唐突な死を迎える姿を、普通に描写することで、この作品は綺麗に完成するという気はします。

ワニは死ななくても、私たちは死ぬという前提を考えると、生存エンドでも読後感は良くならないと思います)

そういう意味では、交通事故や心臓発作など、ごくありふれた理由で突然死するのが、妥当に感じます。
やっぱり、ワニの死はちゃんと描いてほしいかなと。

(私たちに起こる可能性が高いという点では心臓系が良いと思いますが、あまり漫画映えしないので、その可能性は低そうです)


続・ワニの死に方について思うこと

と、個人的には、ワニは普通に死ぬのが美しいと思うのですが、しかし、

「このワニがどんな死を迎えるのか」という好奇心
・それがあと○日で分かりますよ、というカウントダウンになっていること

というのも、この作品を構成する魅力になっていました。
その興味こそを、メインの楽しみと捉えている読者も多いでしょう。

その点では、あまり普通の理由で死ぬと、ガッカリされそうです。

そういった読者も楽しませようとするなら、なんらかのヒネリを入れるほうが良いという気がしてきます。
(基本的にはどんなヒネリ方でもイケそうですが、読者の期待が高まりすぎているのがやりにくそうです)

淡々とした死で完成させるか、がんばってオチを工夫するか……。

結末は以前から決めているそうですが、150万人以上の期待を背負った作者が最後に出す答えというのは、やはり気になります。

明日、ワニが死ぬのが楽しみです。
(自分が今日死ぬ可能性など微塵も考えていない発言)


ワニから学ぶ勉強会

ところで、『100日後に死ぬワニ』といえば、こんな勉強会の情報がありました。

ワニセミナー

「仏教って何?事務局」が開催するという、謎のセミナーです。

今ツィッターなどで話題となっている漫画があります。
ワニくんの日常を描写した4コマ漫画です。

テレビを見たりラーメンを食べたりバイトをしたり・・・
とくに目新しいことはありません。
私たちと変わらない日常を送っているのではないでしょうか?

ただ、漫画の最後にカウントダウンがあります。「死ぬまであと○○日」と。
私たちは考えさせられます。
もし自分が、死ぬまで〇〇日となった場合、

今ある日常を変わらず享受できるのだろうか?
もっと何かしなければいけないことがあるのでは?

このようなギモンに答えられたのが2600年前のインドに現れたブッダです。
今の私たちに大切な生きるヒントを一度聞いてみませんか?

初めての人でも気軽にご参加ください(*´ω`*)


これ、参加すると宗教に勧誘されるヤツです。


ワニからブッダへ

……って、この話、もうオチていますね。

以下は完全に蛇足で、特に面白味もないのですが、いちおう、『100日後に死ぬワニ』から、どうやって宗教に持っていくんじゃい? みたいな話を書いてみます。

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