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キスで変わる世界線

また知らない世界へと送られた

いわゆる並行世界とかパラレルワールドとか
その類の物だとは思うのだけど

ある事をするとそこへと飛ばされてしまう
僕はそんな特異体質である

ただ別の世界に飛ばされたと言っても
おそらく0.0001ミリほどしか移動してはいなくて
生活に影響する事は今の所はほとんど無く

周りを見渡して前と変わった所と言えば
水の色がほんのり青くなった事くらいだろうか

毎度移動する度に
めんどくさい能力を授かったと自分でも思う

別の世界に行くと、その先では必ず
自分の部屋のベッドの上で起きるから
どんなに遠くにいたとしても
飛べば一瞬で家へと戻って来られる
知らない土地へ飛ばされないだけでも良しとしよう

ただその違う世界への移動方法と言うのが問題で
そんなに簡単に出来る物では無いと言う事

それは、キスをすると、唇を重ねると、あら不思議
次の瞬間にはベッドに横になっているんだ

そのせいで僕は初めて出来た彼女とも
良い感じになった相手とも
キスをする度に世界が変わるから
気軽にデートなんて出来ずにいて

さらにはキスをした事実までもが
相手の記憶からは消えているらしく
その一歩手前、顔を近づける所で
僕は彼女の目の前から消えるらしかった

何故キスなのかなんてわからない
何か法則があるのかもしれないけれど
確かめるためには彼女を作ってキスをしてと
その手間がなかなかにハードルが高いのだ

その特異体質を上手く利用しようと
最近は休日にあてもなく電車に乗って
遠く知らない場所を訪れるのが趣味になっている

適当な街を観光して写真を撮ったり
美味しい物を食べ、歴史を感じ、温泉に入ったり
それは片道切符だからこそ容易に出来た

そして帰宅する時は、その得意体質を逆手にとって
その辺にいる可愛らしい女性を捕まえて
無理矢理にでもキスをする

その女性には悪いけれど
そうする事でどんなに離れていても
一瞬で自分の部屋に移動する事が出来るのだ

前回の世界では音程が半音ほどズレていたっけ

そう、はっきりと言ってしまえば
その気になればキスがし放題なのだ
怪しい男が近づいて来て顔を近づけパッと消える
僕はそんな存在でキス自体は無かった事にされ
相手にとっては幽霊にでも見えている事だろう


こうして何度も並行世界を移動していると
ごくたまに大きな変化が起こる事もたまにある

服を後ろ前に着ている世界や
甘さと辛さが逆転している世界
手を使ったサッカーをやっていたりと
戸惑ってしまう時もあるけれど

そんな時はもう一度移動をすれば
元の世界と似た場所へと戻って来れた


そんなある日の休日に、また
片道切符の旅先で京都へと訪れていた僕は
陽が暮れそうな時刻になり
歩きつかれてそろそろ帰ろうかと思っていると

おそらく修学旅行の学生だろう
仲間とはぐれたのか迷子になったのか
地図を片手に立ち止まる女子高生が目に入った

その子はなかなかの美少女で
細い路地に差し込む夕陽、周りには誰もいないし
今日を締めくくるにはうってつけの相手だと思い
道を教えるフリをして近づいた

もちろん教える気などさらさら無く
さらに薄暗い場所へと案内をすると
その白く細い腕をつかみ顔を近づけた

女子高生は必死に抵抗をして暴れるが
力の差は歴然で、地面へと押し倒すと

怖さのあまり声も出せなくなったんだろう
涙で顔を濡らす女子高生に
ごめん、と一言添えて軽く唇を重ねた

気づくといつものように自室のベッドの上にいて
さすがにやりすぎたかと天井を見つめながら
自分の残酷さを悔み、布団に丸まった
このやり方はもう封印しようと思った

そのまま眠りに落ちた僕は
次の日、平然を装って家を出た
食欲も湧かず、ただ歩きたかった

この世界では植物は全て枯れていた
鳥の鳴き声が狼の遠吠えになっていた
空はどんよりと曇っていた

すぐにでも別の世界へと移動したかったけど
昨日の女子高生の恐怖に怯える顔が脳裏にちらつき
しばらくはこの世界に留まろうと思いながら

近所を、慣れ親しんだ道を歩いていると
今までに来た、どの最悪の世界よりも
それ以上の違和感に襲われた

街並みは何も変わらない、でも静かすぎる
人は歩いているのに誰の話し声も聞こえない

さすがに、今までに無い異様さに
周りをよく見てみると、道行く、他の人の顔が
僕の知っている人間の顔とは明らかに違っていた

慌てて自分も顔に手を当てる
そして店のガラスに写る自分の姿を見た
そこにはあるはずの物がなかった

この世界の人々は、自分も含めて
誰も口を持っていなかった
あるはずの所は皮膚で全て覆われていた

急に雨が降り出し雷が鳴り響く空の下
濡れる髪と服などお構い無しで
途方に暮れながら思う

どうしたら自分の世界に戻れようか?

僕は違う世界線へと行ける得意体質を持っている
ただそれは唇を重ねる事で実行される

カフェで書いたりもするのでコーヒー代とかネタ探しのお散歩費用にさせていただきますね。