【補足】一次情報量不変の法則について、考えたことと考えていること

先日書いた以下の投稿は、あまりにもわけがわからないものだったかもしれません。

自分でも「変なこと書いてる」という自覚はあります。とは言え、頭がおかしくなったと思われるのも悲しいので笑、もう少しちゃんと書こうと思います。

上の投稿に書いたように、10年ほど前からこの問題を考え続けてきた。

私は、ごく個人的に──つまり職業とも関係なく、他人と共有するわけでもなく──色々な問題で頭を悩ませる癖がある。趣味というのか……子どもがセミの抜け殻を集める感覚に似ているかもしれない。


先日「Twitterから離れてみた②|相対的な孤独」という投稿をした際、最後にこんなことを書いた。

花の色の移り変わりをゆっくり見る時間、買った本を手にとって触る時間、Fire TV Stickを設定し直す時間。そういう時間において「つぶやき」という選択肢がない(=些細な感情の変化は他人と共有したくてもできない)おかげで、なぜだか私は思考的ではなく、より感覚的に現実と接することができているような気がするのだ。

これは、常々考えている「情報量保存(不変)の法則」(勝手な持論)と関連している気がするので、いずれその側面からも掘り下げてみたい

この時ふと「真面目に(?)法則化してみようか」と思いついて、ノート上でこねくりまわした結果、「一次情報量不変の法則」という投稿をするに至った。

要するにこれは私の超・純粋な興味以外の何物でもなく、そこに現実的な目的意識や問題意識はない。ただ、考えたいだけ。こういうのは変人とみなされると思うので日常生活で出さない(かなりマトモな人間だと思われている……たぶん笑)。

私が“法則化”以前に抱いていたイメージは、以下のようなものだった。

(1)情報を摂取する量はどのような状況でも変わらない
(2)ゆえに、何を摂取するかの選択次第でその解像度が変わる

このようなぼんやりとしたイメージを経験から抱いており、それを言葉にしたいと考えた。

真っ先にノートに書いたのは以下のような式だった(いきなり数式から入るのは思考の癖だろうか)。

総解像度(R)×時間(t)/意欲(m)=総情報量(i)

理由は思い出せないが「意欲(m=motivation)」という変数を最初は考えていた。そこから、

時間あたりの解像度(r)=意欲(m)/時間(t)

このへんは滅茶苦茶なのだけど、「時間」というパラメーターが大事ではないかと考え、「r」「m」「t」の三者が物理学における「速さ・距離・時間」のような関係かもしれない?と、式を色々と変形してみた。が、うまくいかない……。


そこで、別の角度に切り替えた。

解像度≒情報量?
(前者はディスプレイ等の細かさex.4kテレビ/後者はビットの総量ex.16GBのSDカード)

とメモしている。続いて、

細かさはかけた時間に比例する(変化する)→何が一定?

このあたりだいぶ混乱中。笑


さて、一晩寝かせてみたら翌朝、目覚める瞬間に「サイズだ!」と閃いた。そこから一気に、通勤電車の中で書きつけた(ほんとに私は何をやっているのだろう)。

(1)I=aT(※この時変数はaとしていた)
(2)R=I/S

(1)情報量は時間に比例。比例定数aはさまざまな要因で変化するが人や場所に左右されるものではない。
(2)解像度は対象物の大きさに反比例する。大きいほど解像度が下がり、小さいほど解像度が上がる。

これは最初に抱いていたイメージと一致する。サイズ(size)よりも規模(scale)のほうが適切だしカッコいいので言葉を変え、定数aはこれまたカッコいいので定数pに変えた。

さて、以上が今まで考えたこと。ここから先は、今考えていること。


法則をもう少しひいた視点で見ると、以下のような構成の一部になっている。

段階1:一次情報の摂取 ←イマココ
段階2:情報処理の個体差
段階3:メタ的思考

(まだ先の段階があるかもしれないけど、今はイメージできずにいます)

わかりやすい(のかわからないけど)例を挙げると、以下のような話だ。

ケーキを作るとする。材料は卵、小麦粉、砂糖、ベーキングパウダーなどケーキによって変わる。ケーキ作りで一般的に“ふるい”にかけるのは粉類のみだが、ここでは全ての材料を“ふるい”にかけるとしよう。

この時の
・「材料」が一次情報(段階1)
・「ふるい」が情報処理の個体差(段階2)
・完成する「ケーキ」がメタ的思考の産物(段階3)
というイメージ。

まず、材料を選ぶところまでの法則(段階1)はすでに考えた。投稿には以下のように書いた。

「一次」情報量としたのには理由がある。上のように「どんな人でもどんな場所にいてもどんな時代であっても」という完全な個体差の無視は、感覚的に受け入れづらいだろう。私が聞く10分間のシューベルトとプロの音楽家が聞く10分間のシューベルトが、全く同じ情報量をもつとは考えづらい。

この法則においては、そうした個体差が生まれるのは「二次情報量」だと考える。一次情報量が二次情報量に変換される際に、脳内で情報を処理するプロセスが発生する。ここで初めて個体差(例えば能力差)が変数として加わる(この式はまだ考えていない)

「一次情報量が二次情報量に変換される」プロセスが「段階2」である。人の個体差によって、情報が「ふるい」にかけられて、脳内あるいは体内にストックされる……というイメージ。

だがしかし、人間が人間たる所以は単に情報を摂取するだけでなく、得た情報を「メタ的思考」によって束ねることにある。これは加藤文元さんの著書『数学する精神』に書かれていて感銘を受けた内容でもあり、いずれ触れたいと思っていたことだ(今は字数が足りないのでいずれ)。ちなみに「メタ的思考」という言葉は適当です。

そのように情報を束ね、さらに高次の“何か”に変換する脳の働きを「段階3」とした。つまり、人によって少しずつ違うケーキができるということ。

絵を描けば伝わりやすいと思うけど、あまり絵が上手くないので断念します……。

こんなふうに力説しても何かが伝わったかどうか、全く自信がありません。笑

このモチベーションや私がやりたいことを正確に説明するのはかなり難しい。しょせん「セミの抜け殻集め」なのです。私自身何がやりたいかよくわからず、ただただ衝動に任せているにすぎません。

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読書メイン(記憶力が悪すぎるので備忘録も兼ねて)。読書感想文が苦手なので、ごくごくゆるく。ネタバレを書く場合は先頭に注意書きをします。たまに、普通の日常、ガジェットネタ。ディープな考察はこちら→https://note.com/gatitapensante