「あの人は、あんなに私を愛しはしないだろう」

■アガサ・クリスティー『杉の柩』


なんとも読ませるストーリー。先が気になって止められないという意味では、今までで一番だったかもしれない。

あらすじはこんな風に書かれている。

婚約中のロディーとエリノアの前に現われた薔薇のごときメアリイ。彼女の出現でロディーが心変わりをし、婚約は解消された。激しい憎悪がエリノアの心に湧き上がり、やがて彼女の作った食事を食べたメアリイが死んだ。犯人は私ではない!エリノアは否定するが…嫉妬に揺れる女心をポアロの調査が解き明かす。

(ほうほう……嫉妬ね……ミステリーに恋愛要素はそんなに求めてないんだよなぁ……)

と、読む前は若干引いてたのだけど、評判が良いので読んでみたら確かに面白い。ラブストーリーの嫌らしさはそこまで感じない。『五匹の子豚』に近い美しいまとまりがあって、結末もよかった。

さすが女性的というか、男女差別するわけではないけれど、恋愛に対する感性が男性作家とは比較にならず生き生きとしている。逆にこれって男性が読んだらどう思うんだろう?共感するのかなぁ。

犯人の意外性や動機の満足度はちょっと低め。ミステリーとしての面白さというよりは、一つのストーリーとしての完成度の高さを評価したいです。


特に、

・恋愛とミステリーの絡め方が絶妙で、複数の恋愛が交差している状況を事件に結びつけてうまくまとめている。本当にまとめ力(?プロット作り?)が素晴らしくて、この人はどういう頭をしているのかなぁと感心が止まらない。

・冤罪の心理は個人的に興味ある分野なので、投げやりでなくちゃんと描かれているのがよかった。


『ナイルに死す』と同じように、前半の1/3以上はポアロが登場しない。でもそれが全く気にならず面白かった。そしてポアロが登場すると、また別の面白さがある。物的証拠よりはまず人の心理を探るというポアロスタイルにだんだんハマってきた。

動機、動機としつこく言うけど、動機がそんなに大事なのか?と最初は思っていた。でも──今はまだうまく言葉にできないのだけど、動機がないというのはありえないのだと、わかってきた(もちろんフィクションだからというのもある。現実の犯罪では「人を殺してみたかった」という理由も出てきてしまうわけで……でも、それはレアケースなんだろう)。

というわけで、アガサ・クリスティ10冊目を読み終わりました。うーん、ここらで現時点のベストスリーでも考えてみようと思ったけれど、難しいです。でもせっかくなので3つ選んでみます。

1. 『五匹の子豚』
2. 『ABC殺人事件』
3. 『ナイルに死す』か『アクロイド殺し』

選べてなかった。笑

『五匹の子豚』は、全体の雰囲気や構成の美しさ、あとは結末が印象的でした。他の作品は、犯人が暴かれた後の結末を覚えていなかったり、あまりしっくりこなかったり……でした。ミステリーって犯人を暴くシーンがクライマックスだから、構造によっては(犯人を暴く場面で全ての伏線を回収できなかった場合に)詳細説明のシーンを付け足さないといけなくて、蛇足感が出てしまう。その蛇足感を出さないために、やや力づくで印象的な結末にしている時もある気がします。『五匹の子豚』はそのいずれでもなく、納得できる結末で読後感が本当に良かった。そしてミステリーらしい謎解き要素もミスリードもしっかり含まれている。物語としてもミステリーとしてもレベルが高いと感じます。

『ABC殺人事件』は、ミステリー好きな人にとってはよくあるパターンなのかもしれないけれど、初心者の私には全然動機が読めなくて面白かったです。テンポ、ハラハラ感もよい。エンターテインメントとして完成度が高い。

『ナイルに死す』は、ミステリーだけでなく物語としての面白さがある。殺人事件に関連する複数人の心の動きを味わえるのは、クリスティならではかなぁと。映画『ラブ・アクチュアリー』や三谷幸喜作品のような同時多発的群像劇が好きな人は好きかも。エジプトという異国感、多国籍な登場人物も良かったです。

『アクロイド殺し』はネタバレになるので何も言えないのだけど、ちょっと頭おかしい感じがたまらなくツボなんです。笑 動機や犯行方法というよりもそこですね。気に入るか気に入らないかわからないですけど、ネタバレを見る前にとにかく一度読んでみてほしい。そんな作品です。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?