ラフに古典を知ったっていいのかもしれない

■阿刀田高『旧約聖書を知っていますか』


著者の阿刀田高さんは、最終章でこんなことを言っている。

聖書に限らず、古典というものは、思いのほか読まれていないものらしい。かなり多くの人が読みもしないで、読んだふりをしている。シェイクスピアやドストエフスキイあたりまでを含めて古典と呼ぶならば、読むべき古典は山ほどあるし、私たちの生きる時間は限られている。読書ばかりしているわけにもいかない。(P.308)

としたうえで、

読書は楽しいことであり、大切なことでもあるけれど、人生にはほかにも楽しいことがたくさんあるし、大切なことはさらに多い。古典なんか読まなくたって、りっぱに生きていける。そういう人生も現実にいくらでもある。
 そういう考えに立ったとき、古典は原典をしっかり読むのがよいにきまっているのだが、現実問題としてそうそう読めるものではないし、不充分ながらも知っておけば、ほかのことを考えるときに役に立つ。(P.309)

ああ。気が楽になった。阿刀田さんの考え方、賢くて好きだ。

「原典を読まなきゃホントじゃない」という気持ちって、読書が好きな人なら少なからず抱くと思う。「マンガでわかる!〜」とか「まるわかり!〜」のような解説本で知識を得るのは、どこか悔しい。

私はわりとそういう思考をするタイプで、多少難しかろうとも「ホンモノ」を摂取したいと思ってしまう。聖書もご多分にもれず、買って読もうと、カートに入れる寸前までいった。

だが(幼い頃に日曜学校に通い、自分用の聖書を持っていたからわかるのですが)聖書は、分厚くて文字が小さくて紙が薄くて難しい。読むのは大変だよなと思った。なので、『ギリシア神話を知っていますか』を買うついでに、この『旧約聖書を知っていますか』も勢いで買ってしまった。

結果としては大正解だったと思う。

そりゃあ原典を読めればいいだろうけど、そんな時間はない。し、そこまで興味があるわけでもなかった。細かいエピソードの全てを拾う必要などなく、ただ「旧約聖書には何が書かれてるんだっけ、神ってどんなだっけ」という興味があっただけだ。

私のような人にとって、この本は強くお勧めしたい一冊だった。めちゃくちゃ読みやすく、ギャグ漫画のように笑ってしまう。ちょっと18禁ではあるけれど、大人にとっては飽きがこず、いい塩梅。

「あーたしかにカインとアベルってこんなだったわー」「これがソドムとゴモラね、はいはい」というノリで、ざっくりと全体を知れる。


驚いたのは「神ってめちゃくちゃ嫉妬深いし排他的で頑固だなぁ」ということ。

なんだろ、日曜学校に通っていたころって、わりと全部美談や教訓だったんですよね。

ロトの妻が、炎上する街を見たいという欲望に勝てず、後ろを振り返ってしまい、塩の柱になった。というエピソードがある。強烈に印象に残っているのだけど、はて、なぜその街がなぜ燃えていたか?は大して語られなかった気がする(「神の言うことに逆らうとこういう目に合うぞ」という教訓だけを覚えている)。

「え、神様がこの街に火つけたの?それ戦争じゃん……」

と、今読むと思ってしまったり。汗 「殺せ」「滅ぼせ」って平気で言うし、少しでもよそ見すると嫉妬心むき出しで罰与えるし、なんだろ……全然慈しみ深くないような。

私の記憶には新約聖書やキリストの話が混ざってしまっているのかな?神ってもっと、おおらかで、愛に溢れた人だと思ってたんですが。こんなに人を殺すことを奨励するのか……。


旧約聖書は単体で見ればユダヤ教の聖典であること。そこから分岐してキリスト教とイスラム教があること。エルサレムはみんなの聖地で、だから奪い合うこと。など現代社会の基礎知識としても、わかりやすくてよいです。


阿刀田さんの考えでもう一つ「すごくいいなぁ」と思ったのは<奇蹟ばかり書いていてたしかに眉唾ものだけど、それが本当かどうかは問題ではない。大切なのはそれらの物語が今まで信じられ、伝えられてきたという事実なのだ>というもの。

ノアの方舟しかり、バベルの塔しかり、モーゼが海を真っ二つに割ったり、大豊作と大凶作をぴたりと当てたり、「ちょっとありえないよなぁ」と思う話はたくさんある。でも言われてみればたしかに、まことしやかに奇蹟が信じられてきたという事実のなかに、聖書の価値や意味を探すべきなのだろう。


ウィットに富んでいてなおかつ理知的に捉え方を指南してくれる。信者の方が読んだらどう感じるかはわからないけれど、知識として知りたいという方には、かなりおすすめです。



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