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現実、虚構、セルバンテス、そして騎士

「で、マンブリーノの兜ってのは床屋の持ってたタライだったわけですよ」
「へえ、面白い」
「ほんとに面白いって思ってます?」
「うん、面白い、痛い、つつくな」

 ーー2350年、環境汚染は深刻化し、もはや生物は地表に住うことを許されなくなった地球。人類は肉体の充実を諦め、カプセルにその身体を横たえ、仮想空間に精神を据える。この仮想空間に名前は無い。この空間こそが世界だ。

「一つ聞きたいんだけどさ」
「何です?タライの兜についてもっと語ります?」
「いらないよ……俺の仮装、何でタライ被ったダッセェ騎士……騎士?なんだよ」

ーー仮想空間には限界がある。生存を許された人類の数は非常に少ない。現実の肉体の状態は正確に記録され、さらに膨大なデータ量を持つ。仮想空間のリソースのため、忠実に再現されねば余計なデータを食う。故に、人々の姿は予め定められる。偽装も、さらには着飾ることも許されない。この現実を認めず、鬱屈とした人々はとある空間を見出した。

「まさしくマンブリーノの兜を着けたドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャ!いい仮装ですよ!」
「さっきまでの話、この仮装のための前振りだったの?!」
「鈍いですねぇ先輩。超名作古典のドン・キホーテを知らないと見えます」
「700年も昔のモンなんて読めるかよ」

ーー仮想ならぬ非合法仮装バー「セルバンテス」。人々が自由な姿になれる唯一の場所。ある所では肉体で活動する夢想を企てる者あり。

「機器の限界はいつ来る?」
「管理者権限を手にする手段は心得ているぞ」

ーー現実を知り、折り合いをつけて世界で享楽を味わおうとする者あり。

「ワシは仮装を見てじっくり酒を飲むのがいいのじゃ、これこそ通というものよ」
「そして手を出すんでしょ?知ってるわよ」
「言わんでくれ!ワシのメソッドが台無しになる!」

ーー企ても、会話も、秩序を守るために全てを見張る者あり。

【続く】

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